僕らのはなし。①
5.キスと彼の選択。


ー湊sideー

「んー?何か凄い高級なパンの匂いがする。」
何か匂いだけでそうだと分かるパンの良い匂いで目が覚めた。

「まるで犬並みの嗅覚だな。」
良い気分で目が覚めた私しか居ないはずの部屋の中で自分以外の低い偉そうな男の声が聞こえた。

「はっ、アンタなんで居んの?
てか、此処どこ??
何でパジャマ着てんの??」
まず、起き上がり相手を探して伊崎の存在を確認する。
そして、部屋自体も見回してみると自分の部屋でも、麻実さんのホテルの柚瑠と泊まる予定だった部屋でもない事を知り、そう聞いた。


「此処は俺の泊まるホテルの部屋だ。」
「何でアンタの部屋??」
「覚えてないのか??」
「何を?」
そう言われて考えてみたけど、何で私が伊崎の泊まる部屋で寝かされていたのか、何を覚えてないのかすら思い出せない。


パチンッ
伊崎が指を鳴らすと、黒スーツの男が1人入ってきた。

「何?」
黒スーツの人がハンガーに綺麗にかけてある何処か見覚えのある感じの、でも私とは縁のなさそうなスーツに気付き聞く。

不機嫌なのは許してほしい。
だって、私だって年頃の女の子だ。

同世代の普段気にくわない男と何の面識もない黒スーツに寝起き姿を見られるのは嫌なんだから。


「昨日着てたスーツだ。」
「海外の有名なデザイナーに特注で作らせました、春夏モデルの新作です。」
「起きて早々自慢話なんて聞きたくないんだけど。」
「そうじゃねぇ。
これを着るのは、昨日が最初で最後になった。」
「えっ…あっ!」
その話を聞いて何か引っ掛かり始め、すこぉしだけ昨日の記憶がフッと甦ってきた。



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