詐欺師の恋
名前を呼んで―。




そう言った中堀さんが、私のことを抱き締めたのは、今年の始まりの朝。





それが。





衝動的だったのだとしても。






それを知った所で、今の私に何ができるだろう。




残らない痕跡ばかりが見つかって、ただただ途方に暮れる。







「…私、どこかで何か、気に障ることでもしちゃったかな…心当たり、ありすぎる…」





コーヒーの代わりに、温かいミルクティーが出されても、漂う湯気すら、私を嘲笑っているようにしか見えない。




狂った歯車は、もう元通りにならない。






「………そういえばさぁ…」





力が抜け切ってしまった私のことを、メリッサは隣に座って暫く見つめていたが、ふいに思い出したように口を開く。




「いつだったかな…大分前…月曜だったっけ?零がカノンに会うって早帰りした日は、どうだった?あの時は零とは何もなかった?」






「―え?」






メリッサの問いかけに、一瞬何の事を訊かれているのかわからなかった。






「ほら、1月、かな?珍しく上機嫌で、からかったから覚えてるわ。あの後スケジュールをやたらきっつきつに入れてて何かあったのかなって思ったんだけど…結局訊けなかったの。」




一度カップを持った手が、震えて、慌ててソーサーに戻す。





「い、1月…?」






カチャン、と思いの外、大きく音がした。





「カノン?」








会社の休憩スペースでの会話がフラッシュバックする。






―『私の、アパートに、、誰か、来なかった?』






―『こなかったよ、誰も、こなかった。』




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