誰かの大切な人
再会
慌ただしく準備を済ませ、何とか乗り込んだ成田エクスプレス。朝の7時過ぎなだけに、車内はまだがらがらだ。キオスクで買ったミルクティーを飲みながら、チケットの確認をする。15~6時間もすれば私はロンドンにいる。いつもどおり仕事をこなして、忙しくしていればあっという間に時間は過ぎて、また東京に帰ってこられる。いつもどおりにできれば…。考えれば考えるほど私は憂鬱な気分になってくる。だったら少し眠ってみようかとも思うけど、私の活発な思考はとどまることを知らず、おまけに空回りばかりしている。やっぱり来なければ良かった。決断した二週間前の自分に腹立ちながら、私は肩をすくめてゆっくり息をはいた。
事の発端はビジネスパートナーである藤谷からの一本の電話だった。
「今度のロンドン出張、一本インタビューの仕事増やしてもいいかな??」
会社を設立すると決めた時、迷わずそれまでしていた仕事を辞めて手伝ってくれた藤谷に私は今でも頭が上がらない。
「内容にもよるけど…」「うちが今まであんまり力を入れて来なかった音楽の仕事だよ。MMの内田さんから頼まれたんだけど、ヨーロッパでかなり受けてる日本人ギターリストを日本に逆輸入したいらしくてさ。ただ万人受けするタイプじゃないから、尖ったアーティスト的演出をしたいんだって。それでどうしてもお前に頼みたいって。」
ヨーロッパで受けてる日本人ギターリスト…嫌な予感をなんとか打ち消そうと、今から尋ねる質問の答えが私の知っている男の名前でないことを祈った。携帯の先では藤谷が説明を続けている。
「インタビューも普通の音楽雑誌じゃなくて、お前がNEOで連載しているアーティスト紹介ページで取り上げて欲しいって。いつもイベントの時お世話になってるから断れなくて。まだ予定空いてるだろ?」
ようやく機動に乗りかけた仕事、簡単にオファーは断れない。
「アーティストの名前は?」
「神崎海」
その名前を聞いた瞬間私の手から携帯が滑り落ちた。
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