誰かの大切な人
ロンドンの朝
窓を開けるとひんやりとした朝の空気がすぅっと部屋に滑り込んできた。もう六月の終わりだというのに今年はちっとも夏の気配すらやってこない。異常気象のせいか最近は季節の変わり目がグチャグチャになってきたきがする。ベランダに、もう少し花でも置いてみたらちょっとは温暖化防止に貢献できるかな。そんなことを考えながら、濃いめに淹れたコーヒーと新聞を持って僕はベランダに出た。煙草を吸いながら、新聞に目を通そうとするのに今朝はさっぱりと文字が頭に入ってこない。どうしたものかと、一息ついてみる。原因は分かっている。嬉しくなったり、戸惑ってみたり、自分の感情に頭がおいついていかない。気がつけばスカイがミャアと餌をねだりにきた。ここに越して来てすぐの雨降りの日、隣りの家との間にうずくまって泣いてたのを拾ってきてからの仲だ。ペットなんて飼うつもりなんてさらさらなかったけれど、僕の目をにらみつけて必死にミャアミャア泣いてた姿をどうしても無視できなかった。あれからもう一年。スカイはちょっと大きくなって、僕の生活の一部にすっかり溶け込んでしまった。僕は買い物に行く度に彼女の好きな缶詰を忘れないように買って、トイレの掃除までしてやっているのに、こいつときたらお腹が空いた時と一人遊びに飽きたときしか近寄ってこない。憎らしい奴だなと思いながらも、僕はスカイの朝食の準備に取り掛かった。そういえば朝香は猫よりも犬が好きだったっけ。ふと三年前の出来ごとが頭をよぎる。
あの夜僕たちは近所の韓国料理の店に遅めの夕食を食べに出かけた。朝香は僕と夜に出かける時はいつも上機嫌で、その長い腕を僕に絡ませては歩きながらでもキスをねだった。どこか日本人離れした奔放さで自由気ままに振る舞う彼女を僕は羨ましく思いながらも、その対応に戸惑いもしていた。そんな戸惑う僕を見て朝香は大笑いしながらまたキスをしてくるのだった。店内は10時をとっくに過ぎていたのに、まだ多くの人で賑わっていた。僕は定番のマッコリを、朝香は「ものすごく弱め」の梅酒ソーダーをオーダーする。お酒を飲むとすぐに酔っ払ってフラフラになるくせに、僕が飲む時は必ず付合ってくれる。
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