恋愛の神様

手を上げたのは草賀さんです。

草賀さんはこれまで、他の方と一緒になって下らない質問をしてくることはありませんでしたけれど……。


「この企画の立案の気概についてお聞かせ願いたいんですが―――」


もともと似たような製品の取引があって、資金投入から新たに始めると手間がかかります。
似たような、と言うのは、使用される材料が部分的に異なるからです。
しかし、それらは時に代用されるような代物ですので、あえて今回の材料に固執する意味がない。
そう言った事をあらゆる試算結果を用いて示しました。

この企画自体が上からの指示で、既に決定として委任されたものなので、その根本的なところはスルーされていたみたいです。

ワタクシも草賀さんの疑問には同感です。

書類の制作をしていて気づいたのですが、それほど売掛に差はありません。
寧ろ資金投入の分を考えれば向こう数年は高くつと言う見積りもできます。
それならなおさら手間暇かけて新規改定する意味がありませんものね。

きっと上の方々のコネとかシガラミとかなんでしょうね………などと裏社会に想いを馳せながら、その件はそれで終わらせました。

しかし、困りました。

そんな経緯で、ワタクシはその質問に対する応えを持ち合わせていないのです。


「あーそりゃな。後後、輸出考えてっからだろーさ。」


けろっと応えた濁声にワタクシは振り返りました。

森のくまさんは然して動じた風もなく、綽綽と続けます。


「今のヤツだと引っ掛かるトコでてくんだろ。とりあえず取引先のアタリはあって、そこは引っかかんねーみたいだけどよ、その先々考えた場合に今度の材料なら余裕クリアなワケよ。んで、この機会に変えちまおうってこったろ。」


引っ掛かるというのは輸出入に関する基準のことですね。


「アタリってことはまだ本決まりではないということですか?」

「ほぼ決定。近日中には確定して、本格的に稼働すんだろ。」


クマさんはどーでもよさそうに耳をかっぽじって、垢をふーと吹き飛ばします。

続けて、ワタクシの説明での取りこぼし個所をザクザクと付け加えてゆきました。

一課所員は、先ほどワタクシを苛めていたボンクラとは思えないキリッと締まった顔でその説明に耳を傾けております。



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