恋愛の神様


「……まだ仕事なの、虎徹くん。」


声を掛けると、画面に釘付けられていた顔がコチラを向いた。


「悪い。起こしたか。」


私は首を振って、虎徹くんの脇に腰を下ろした。

虎徹くんは手慰みのように傍らの私の頭を撫でながら、再びパソコンに熱中し始める。

長くしなやかな指が髪を梳く感触を追いながら、私は彼の横顔に魅入った。

場所によって変わるカレの呼び方。

会社では二之宮専務。

そしてプライベートでは虎徹くん。
これは大学時代からずっと変わらない。

大学時代―――カレと私は同期だ。

あの頃が一番、幸せだったかもしれない。

『虎徹くん』

そう呼ぶ私はカレと対等だった。

今は『二之宮専務』というのが一番しっくりしているような気がする。

しっくりしているかどうかは別にしても、そう呼ぶ時間の方が遥かに多い。

時間が増えるにつれ、私達の間にも少しずつ距離が出来た。

まるで寒さに比例して伸びて行く影ぼうしみたいに。










大学時代―――

私は憂いとはまるで無縁の人生を送っていた。

そりゃ、綺麗に着飾った女子大生の中で私はシンプルで地味な方だったし、もともと口下手な方だったから集団で和気藹藹というタイプでもなかったけど。

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