君と奏でるノクターン
郁子の弾くピアノの旋律に、詩月の弾く旋律がパズルを嵌め込んだように、絶妙のハーモニーを生む。


「宗月、やられたな」


「そうだな、彼女は……この曲で見事に化けたな」


「この曲に、こんな仕掛けがあったとはな。ヴァイオリンロマンスなんて……そんなちっぽけな代物じゃない」

ユリウスの言葉に、宗月とエィリッヒは深く頷く。


「Meuse(音楽・舞踏・学術・文芸などを司る女神)を味方につけたな」

ミヒャエルがカウンター席付近で、ホッとし息をつく。


「やっと蕾が膨らみ始めたようだね、安坂くん」

モルダウのマスターが、太い眉を下げ、淹れたての珈琲を口に含む。


「ええ、郁にも春が……長い冬が終わり花が咲き始めましたね」

詩月と郁子の奏でるピアノが、カフェ·モルダウとウィーンのホイリゲに響き渡っている。


「オルフェウスは、やっとエウリュデイケを取り戻したんだ」

理久が頬杖をつき、ゆっくりと煙草をふかす。
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