君と奏でるノクターン
詩月はコクり、深く頷く。


白いグランドピアノは、ベーゼンドルファー。

客席より1段高くなった舞台に澱と構え、威厳と光沢を放っている。


詩月とマルグリットがサロンに入ってきた時、既にピアノ演奏していた初老の神経質そうな男性が、まだピアノを弾こうとしている。

男性は深く一呼吸し、新たな曲を弾き始める。


マルグリットが席を立ち、ピアノを弾く男性に目を向ける。


「Nutzlos!」


詩月は、腕を素早く伸ばし、マルグリットを制止する。


唖然として、詩月を見ているマルグリットや周囲の客をよそに、詩月は急ぎヴァイオリンを取り出す。


「詩月……!?」


詩月は僅か十数秒で調弦を済ませ、凛と背筋を伸ばし澄まし顔で、戸惑う素振り一つ見せずに颯爽とヴァイオリンを弾き始める。
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