シンデレラの落とし物
ひとりでホテルを出る美雪を、ひんやりとした空気が包み、あたりを白く染める陽光が迎えた。空には太陽の光を浴びて輝く鳩が飛んでいる。
昨日はあんなに賑やかだったサンマルコ広場も、朝の早い時間は閑散としていた。たくさん並んでいた露店の姿もなく人もまばらで、石階段に座った地元の人が、のんびりと新聞を読み、広々とした広場を歩く人は、早朝の散歩を楽しんでいる。
ここには街が目覚める前の、穏やかな時間が流れていた。

穏やかじゃないのは、わたしの心だけ。

秋くんが起きたとき、わたしがいない部屋に何を思うだろう?
少しは寂しいと感じてくれるだろうか?

そんなこと考えるなんて、わたしは自分勝手だ。
僅かな時間でも共有できたことを喜ぶべきだ。
それで満足しなきゃ。

きっと相手がわたしじゃなくても、秋くんは優しく接していた。
秋くんは優しい人だから。
今回はたまたまわたしが彼の人生に、ほんの少し関わっただけ。

そうだ。
昨日見つけたミルフィオリの時計、思い出に買っていこう。
そしてその時計を、秋くんと過ごした時間の思い出として大切にするのだ。
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