シンデレラの落とし物
「ただ……幸せだなぁって」

「うそだ」

「え?」

肩に回されていた腕を解いた秋が、美雪の頬をそっと拭う。

濡れてる……。
涙……。

「オレ、無理させた?」

美雪を気遣い、優しくそっと問いかける秋に、違うと首を振って答える。

あなたが好き。
今だけは、触れて、ぬくもりで、あなたを感じたい。
あなたの匂い、腕を、体を、全身で感じたい。
全てを忘れてあなたの前では一人の女でいたい。

想いをぶつけるように秋の腕に飛び込んだ。
広いシャツの胸元に顔をうずめ、カーディガンのニットを握りしめる。すぐに温かな秋の体温と香りに包まれ、美雪は落ち着く匂いを吸い込んだ。涙を流したばかりの美雪の甘える仕草に、秋の手が背中に回される。その手が慰めるようにそっと背中を撫でる。

例え肌を重ねても、離れてしまえば過ぎ去る日々の中で、その記憶は夢物語のように不確かなものに形を変えてしまうかもしれない。

それでも 今宵は、

わたしにとっても、

秋くんにとっても、

決して忘れない

忘れられない


夜にしようーーー。
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