むとうさん
「中身見たけど別に崩れただけで食べられるだろ。」
「でも…」
「なんなら俺が食べるけど?」

むとうさんは口元を少し緩めてこちらを見つめた。むとうさんの目っていつでも笑っていない目だった…そう、達也も似ていた。今も目が笑っていない。すこしゾクッとする目。真剣なのか、真剣じゃないのか、よく分からない目。

むとうさんはずるい。

余計なことを言わず、一貫したブレない態度で、物事に対して誠実で。私が欲しいと思うものを全て持っていていつも困った時のヒントをくれる。

今みたいなゾクゾクするような、冷たい目で見つめられるともっと知りたい、私のことをかき乱してくれないかと、本能的に思ってしまう。

そして時々こういう情のあることを言うんだから、ずるい。ずるいんだ。

そんなこと言われたら私…私を困らせないでよ。

もっと、俗っぽいことを言って、私を減滅させてよ。

そうしなきゃ、達也のためにずーっと思考を割いてきて、今、こんな惨めな結果でいることが、なんの意味もなくなってしまうじゃないか。

「とりあえず乗れよ。」

涙が風で乾いてぱりぱりしている。
大人しく助手席に乗り込むと、何も言わずむとうさんは家まで送ってくれた。

マンションの下につくと、袋を私に渡した。

「これ明日も食えるだろ。一緒に食おうぜ。」
「え…でもなんかむとうさんに失礼ですよ…」
「捨てるなよ。」

そう念を押すとそのままベンツは夕暮れに消えていった。

ポツンと一人取り残され、袋の中身を見ると、確かに思ったより崩れてなかったし、美味しそうに見えた。

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