むとうさん
電話帳に登録してもLINEにはむとうさんらしき人は登録されなかったし。
それにむとうさんはメールとかLINEより電話で連絡するイメージがある。

電話をかけてみようか…少し勇気がいる。むとうさんは今、福富町にいるのかすら怪しく思えてくる。

きっとできない約束はむとうさんはしない。でも私たちは約束がある関係ではない。穏やかな無言の信頼で繋がっていたのだから。

「…むとうさん、いつくるでしょうか。」
「いつでしょうね。また、ウィスキー飲みに来ますよ。」
「バーボンください。いい感じで酔いが回りそうな。」
「珍しいですね、今日はウィスキーの気分なんですか?」

私から電話をしてしまったら、この曖昧な約束は大気に分散してちりぢりになってしまうかもしれない。

がんばるんだ。何を戸惑っているの。達也みたいに、何があったわけでもないじゃない。

ロックのワイルドターキーを飲み干して、酔いが回ってきたところで店を出る。
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