むとうさん
店の外はいつもと変わらない昔ながらの風俗街。高級車が狭い通りに横付けされている。その中にむとうさんの車はないのだろうか。

冷たい風が吹いても顔が火照る。楽天的な気持ちが私の思考力を鈍らせる。

川まで出て、何もない公園のベンチに腰掛ける。星は見えないけど、澄み切った空だ。

どうにでもなれ、そんな気持ちで履歴からむとうさんを探す。
親指が煌々と光る画面の上で泳ぐ。

通話ボタンをタップする。落ち着いて、耳にスマホをあてる。

静かな公園に鳴り響いたのは応答を待つ音でも、むとうさんの少しつぶれた声でもなかった。


この番号にかけても、もうむとうさんが出ることはない。


むとうさんと会えることがあるのだろうか。私は、この街で、spaceでむとうさんを待ち続けるしかなくなってしまった。
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