even if
『あー、いい』

『いいじゃないよ。熱があるかも』

『ないって』

『いや、あるかもしれないよ』

『ないよ』

『あるよ』

しばらくにらみあったあと、渋谷くんは、ぐいっと私の手首をつかむと、手のひらを自分のおでこにあてた。

『ないでしょ?』

きれいな顔に、至近距離で見つめられ、私はパチパチとまばたきをくりかえす。
驚いた時の癖だ。

『うん…』

本当は熱があるかなんてわからなかったけど、とりあえずそう答えた。

耳が熱い。
私の方が、確実に体温が高い気がする。

『耳、赤いよ』

からかうようにそう言われ、耳を手で隠そうとしたら、それより早く、渋谷くんに耳たぶをつままれた。

『うわっ!!』

たぶん…いや、絶対に耳たぶを他人にさわられたなんて初めてだ。

『ななちゃん、かーわい』

もうやだ。

これは地元の友だちに報告します。
私、生徒にいじめられてます。

『は、早く寝なさいっ!』

なにかまた言われるかと思ったのに、渋谷くんはパッと手を離すと、
『ななちゃん?もしかして怒った?ごめんね』
真面目な顔で私をのぞきこんできた。

さっきまであんなにふざけていたくせに、その心配そうな顔はずるいな。
許しちゃうじゃん。

私、保健室の先生だしね。
渋谷くんより、6つも年上だしね。


『怒ってないよ』

ホッとしたように渋谷くんは笑って、カーテンの向こうに大人しく入っていった。

あー、駄目だ、私。
ああいうのに、いちいち反応してちゃ。

仕事しよ、仕事。

引き出しから、書類を取り出すと、私はまたキーボードを叩き始めた。



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