even if
渋谷くんは2時間目が終わる頃、
『よく寝たー』とあくびをしながら、カーテンから出てきた。

『だるいのは治った?』

デスクから立ち上がって私が聞くと、

『うん、治った』

首をコキコキ鳴らしながら答える。

『頭痛いのは?』

『治った』

『お腹痛いのは?』

『治った』

『じゃあ、教室に戻る?』

そう聞くと、他人事みたいに、

『そうだねー』

と言いながら、私に近づいてくる。

『ななちゃんも、耳赤いの治ったね』

ニヤッと笑って、また耳たぶに触れようとしたので、今度こそ、手で耳を隠してガードした。

『セクハラ』

わざと怒った顔をしたら、渋谷くんはチッと小さく舌打ちして、

『セクハラじゃねぇ』

自分の頭をくしゃくしゃとかいた。
渋谷くんの少し茶色い髪が目にかかって、うっとおしそう。

『前髪きったら?』
なんとなく私が言うと、前髪の隙間から私をじぃっと見た。

『なんで?』


『なんで、って。目にかかってるから。視力悪くなるよ』

『なんだ、そんなことか』

『そんなことか、じゃないでしょ』

『俺、もう目悪いもん。コンタクトだし』

『コンタクトなら尚更でしょ。前髪、目に入ったら雑菌入るよ』

『そんな理由では髪切らない』

はあ?

『そんな理由って…他にどんな理由があるの?』

『たとえば』

『たとえば?』

渋谷くんは、ニヤリと笑うと、一歩足を踏み出す。
私は一歩、後ずさりする。

『たとえば…ななちゃんが、髪切った方がかっこいいよ、とか言ってくれたら切るよ』

はぁ?
どんな理由だよ。
それ。

『かっこいいとかそういう問題じゃないよ。視力の問題だよ』

じり

『言ってよ』

じり

一歩、また一歩と渋谷くんは私に近づいてくる。
それに合わせて、一歩また一歩と後ずさりしてるうちに、気づけば後ろには壁があった。

『い、言わないよ。視力の問題だもん』

負けてたまるか。
私、養護教諭なんだから。


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