even if
背中に壁、
すぐ目の前に渋谷くん。
前髪の隙間から、形のいい二重の瞳が私をじぃっと見つめている。

『じゃあ切らない』
しばらく、私を見つめたあと、急にすねたように、ぷいと横を向いた。

『このままずっと切らないで、伸ばしてやる。絶対、切らないから』

『…えぇぇ?』

どんだけ意地っ張りなんだ。

さっきまでにやにやとしていたのに、急に怒った顔をしてそっぽを向くから、なんだかあせってきた。

『ずっと切らないって…すごいロン毛になっちゃうよ?』

『別にいい』

『いやぁ、よくないでしょ。すごいロン毛だよ?』

『いいって』

『そんな…』

まさか、本気?
うわ、ちょっと、どうしよう。
これから大学受験だって控えているのに。
ロン毛で大丈夫だろうか。
これは、おれた方がいいかもしれない。
教諭として。

『あのぉ…』

『なに?』

『切った方が似合う、だっけ?そう言えば、切るのね?』

『切った方がかっこいいよ』

『あぁ、そっか。分かったよ。約束してね』

『分かった』

横を向いたままで良かったのに、渋谷くんは、私の顔を真正面から見つめた。

うわ、近いよ。
距離が近いのよ。
君は。

『早く』

『わ、分かったよ。言うよ』

渋谷くんはこくりと頷いた。

『渋谷くんは、髪切った方が、かっこいいよ』

うわぁぁ、
はずかしい。

渋谷くんは、ニコッと笑うと、
『今日、髪切ってくる』
そう言い残して、部屋から出ていった。
ふわと、いい香りを残して。
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