アマリリス
第9話

 メール交換が始まると、朝のおはようメールから夜のおやすみメールまで頻繁に交わすようになり、その回数の分だけ心の距離が近くなっていく。美玲もマメな方だが、大輝もマメな性格かしっかりとした内容のメールが毎回返ってくる。普通の男性だと短文メールが多いという認識を持っていただけに、毎回の長文メールはさながらラブレターのようにも感じ取れ、受信トレイに新着メールがあると嬉しくなる。
(それだけ私のことを真剣に考えてくれてるってことかしら。でも私の方がだいぶ年上だし、清水君がどんな考えを持っているのかその真意までは分からない。かと言ってズバッと聞いて撃沈するのも嫌だな。今の関係が崩れてしまうのは結構なダメージだし)
 今の関係が楽しい反面それ以上を望むには勇気がいり、美玲はその狭間で葛藤していた。

 二週間後、年をまたぎ急速に距離の縮まった大輝との関係に戸惑うものの、嬉しい気持ちの方が上回り日々に生活にも張り合いが出る。多趣味な大輝の誘いで美術館に行くこともあれば、海岸で写真を撮ったりもする。どこに行っても大輝が側にいると穏やかな気持ちになれ心身ともにリフレッシュできた。
 八重の言っていたように、恋をすると女性ホルモンが分泌されるのか、化粧の乗りも良くなっている。その変化に由美香が気付かない訳も無く、見舞いで問われ美玲は大輝との件を観念して報告した。
「やっぱりね。お母さん急に綺麗になったもん。絶対そうだと思った」
「ごめんなさい、いい年して何やってるのって感じよね?」
「えっ、何言ってるの? お母さんが恋してて嬉しくないわけないじゃない。それに恋愛に年齢って関係ないし、お母さんは美人よ」
 予想外の後押しを貰い、年下でカッコイイと伝えると我が事のように喜びニコニコする。海でこっそり撮った写真見せると一度会ってみたいと本気の顔で迫っていた。
 充実したお見舞いからの帰り、駐車場で大輝を見つけ運命だと内心ほくそ笑みつつ近づく。その傍らには初老の男性がおり、何度も頭を下げている。遠巻きに見守り、男性が去って行くと大輝に駆け寄る。
「こんにちは。清水君」
「あ、こんにちは神宮さん。由美香ちゃんのお見舞いですか?」
「ええ、今帰るところ。ところで今の方は?」
「あの人は、前に車のパンク修理を手伝った人です。大した事ないのに何度もお礼を言うもんだから逆に恐縮しちゃいましたよ」
 パンク修理と聞き、出会った頃のシーンが蘇る。
「もしかして三週間前くらいの事?」
「そうですけど、何で知ってるんです?」
「修理してるところを見たからよ。偉いと思う」
「いえ、普通ですよ」
 そう言って照れる大輝の笑顔が眩しくてドキッとする。
(やっぱり私、清水君に恋してるわ。彼のことを知れば知るほど好きになってる)
 息を呑むと美玲は覚悟を決めて口を開く。
「あの、今夜パートが休みでどこか外食しようと思ってるんだけど、よかったら一緒にどう?」
「いいですね。前回洋食だったから和食にしましょうか?」
「そうね、和食なら良いところ知ってるから任せて」
 内心飛んで喜びたくなる食事の快諾だが、冷静を装い車に向かう。お互いの車で当該和風料亭に向かうと並んで入店する。個室が売りの料亭ということもあり、少々あざとい気もしたが美玲としては少しでも距離を詰めたい思いもあり思い切ってここを選択した。
 畳の感触が気持ちの良い和室に通されると、定番の天ぷら御膳を注文し大輝と向き合う。これまでも数回食事をしてきたが、個室というのは初めてで否が応でも緊張感は増す。
(今日はある意味チャンスだ。彼の気持ちを知るにはベストかも。もし、聞いて関係が終わってしまうようなら縁がなかったと思うしかない)
 注文した御膳が届くまでは差し障りのない話題で過ごし、到着してからしばらくすると美玲から切り出す。
「あの、清水君に折り入ってお話があります」
「はい? なんでしょう?」
 箸置きに箸を揃えて美玲は一呼吸おく。
「清水君には、特定のお付き合いしている女性はいますか?」
 思い切った質問に、大輝は黙り込んでじっと俯いてしまう。その様子を美玲はドキドキしながら見つめる。そして、大輝は次のように切り返す。
「今はノーコメントってことではダメですか?」
 予想していなかった保留という回答に美玲は訝しがる。
「どうして? それって私に気を遣ってる?」
「いえ、そういう訳ではなくて……」
「いいのよ? ハッキリ言ってくれた方が私もすっきりするから」
「それはその……、今は本当にノーコメントにして欲しいです。それが一番良い選択だと思うから」
 言い含んだような台詞に美玲は納得がいかない。
「正直理解できない。いるならいるでいいし、いなくて私に気を遣ってるのならそれは不要だって言ってるのに。なんで言えないの?」
「それは、現状、それが一番良いと思うからです。これ以上は言えません」
「そう、なら良いわ。無理に聞かない。その言い方だと肯定としか取れないし」
 美玲の言葉に大輝は沈黙を守る。
(そうよね、こんな良い男、周りがほうっておく訳がない。冷静に考えれば分かることだった。私、何浮かれてたんだろ……)
 自己嫌悪になりながら、美鈴は再び箸を持ち食事を始める。想いが切れたと察したまま食べる天ぷらは砂のように感じられた。
 終始会話のない食事を終えると、美玲は早足で店を後にする。さっさと大輝から距離を置きたいという思いがそうさせている。しかし駐車場の真ん中辺りで、小走りに寄ってきた大輝に二の腕を掴まれ立ち止る。
「神宮さん、ちょっと待って」
「何? 私、早く帰りたいんだけど」
(早く帰って泣きたい。こんな惨めで馬鹿な想いを持った自分が情けない)
 涙を我慢しながら反抗的な態度を見せていると、掴んでいた腕を強引に組み寄せられ、正面から抱き締められる。
(えっ!?)
「大好きです」
 そう言って身体を優しく抱きしめてくる大輝の温もりを、驚き戸惑いの表情で感じていた。

< 9 / 19 >

この作品をシェア

pagetop