狐の恋は波乱塗れ
嵐の訪れ
第二話
嵐の訪れ

トントンと包丁を使う音が聞こえる。それと同時に味噌汁のいい匂いが漂う。
匂いに釣られて少女は台所に足を運んだ。高く結い上げた黒髪を揺らしながら台所にひょこっと顔を覗かした。
彼女を見つめる先には銀の耳をぴょこぴょこと動かしながら料理をする銀狐がいる。

「銀狐、おはよ。」

と言うと、銀狐が振り返る。

「ああ、雪儷。おはようございます。今日は早いのですね。」

銀狐はそう言うとすぐ背中を向け、料理をし始める。
グツグツと鍋が煮える音がする。

「ええ、今日はちょっと早く起きちゃってね。なんか手伝うことある?」

背を向ける銀狐に言う。
銀狐はちょうど米をといでいるところだった。

「いいですけど、その前に口についた。ヨダレの跡を拭いたらどうです?」

「えっ、嘘ッ。」

慌てて、口元に手をやる。
すると、銀狐は急にクスリと笑った。

「嘘ですよ。ちょっとした冗談です。このぐらいで騙されるなんて貴方は可愛い人ですね。」

カァァと顔が赤くなる。騙されたからでもあるが、可愛いなんて言われたからでもある。

「もうっ!からかわないでよっ、冗談も大概に…」

赤くなった顔を隠しながら言う。
すると急に銀狐が振り向いた。
かと思うと一気に間を詰めた。
銀狐の整った顔が間近にくる。突然の事に固まっていると、銀狐が口を開いた。

「私の全てが冗談では無いかもしれませんよ?」

はっと銀狐を見ると薄い笑みが浮かべられている。

「ぎn……」

名前を呼ぼうとすると銀狐がさっと離れた。再び銀狐を見ると
その形の良い唇には、もういつもの穏やかな微笑みが浮かべられていた。

「さぁ、手伝ってくれるのでしょう?魚をさばいてくれません?」

銀狐は誤魔化すようにまな板に置いてある三匹の鯖を指して言った。
銀狐の様子は気になったが,なんだかその事については触れてはいけない気がして一旦引くことにした。

(まぁ,そのうちいつか話してくれるよね。)

ちらりと銀狐を見ながら思った。
誰にでも人には言えない秘密がある。
そう自分に言い聞かせた。

まな板に目を向ける。
鯖か……

「鯖をさばけばいいのね。」

包丁を持ちながら言う。
すると、銀狐は雪儷を横目で見ながら、

「なんだか、背中が寒くなったような気がしてなりませんね。」

と毒を吐いた。

「えー、今のは最高傑作だと思うんだけど…」

雪儷が軽く睨む。
銀狐はそんな睨みを軽く流す。

「ええ、そうですね。
今まで一番寒かったです。」

とまた毒を吐かれた。
全く相変わらず口が悪いと雪儷は思った。
一応、丁寧な言葉遣いをしているのだが何故か皮肉を言われている。
まぁ、それでもなんだかんだ言って優しいけど!
そして、鯖をさばくのに集中する。
これが終わったら剣術の練習でもしようかな…
まだまだ練習が足りないし。
なんて思っていると
こちらに向かってくる足音に気づいた。
雪蓮か…
この足音は多分寝起きね。

「おはよう〜、雪儷、銀狐。」

眠そうに目をこすりながら台所に顔を出した。

「おはよう、雪蓮。」

「おはようごさいます。」

二人が同時にこたえる。
雪蓮は水道に向かい、顔をぱしゃぱしゃと洗う。
洗い終えると、ふうと息をついた。

「さっぱりした。」

手拭いで顔を拭きながら言った。
すると

「あれ?今日は雪儷も朝食作っているのか。」

と口にした。
ひょいと雪儷の横に顔を覗かせる。
鯖か…とつぶやいた。

「うん。今日は早く起きたから。」

雪儷がそうこたえると雪蓮はふーんと言う。
そして、何かを思いついたように
顔をキラキラさせた。

「なんなら、僕も手伝うけ……」

「「遠慮するわ、します。」」

銀狐と雪儷が息ぴったりに答えた。

「なっ⁉︎なんでだよっ⁉︎」

雪蓮が声をあげる。
不満げに眉を寄せて、ジロと見た。

「だって、雪蓮の料理残酷過ぎて…」

雪儷が口ごもっていると、

「はっきり言ってまずいですね。」

と銀狐がとどめを指した。

「な、⁉︎酷いぞ⁉︎銀狐!」

と雪蓮が講義した。

「いえ、事実です。
後、先ほど言った言葉は取り消します。まずいではなく、激まずですね。私としたことが
失礼しました。」

銀狐が実に申し訳なさそうに言う。
内容はともかく。
それを聞いた雪蓮は固まった。

「おいっ、銀狐!謝るところがちがうだろ!余計にひどくなってるじゃ無いか!」

雪蓮が怒号を飛ばす。
いや、突っ込みを入れる。
だが、銀狐はさらりとそれを流す。

「いえ、私は事実を正しただけです。」

と冷静に返した。

「はぁっ⁉︎銀狐!ふざけているのか!?」

雪蓮は叫ぶように言う。
それを銀狐は顔をしかめながらきいている。

「ふざけてなどいませんよ。
それとうるさいです。」

どうやら煩いのが苦手ならしい。
以外だな〜だなんて雪儷は思った。
でも、雪儷はこういう煩いのは好きだなと思う。
いつまでも幸せな生活をしていきたい、だが、その一方で人間にいつか復讐をすると決めている。
絶対に許さない。
そう、絶対に…
仇をとるんだ。
ずっとこうしているわけにもいかないのだ。
だから力をつけた。だから強さを求めた。
すべては人間を殺すため。
情けは一切かけない。
だから感情というものもいらない。
いつか、しかるべき時が来たならば
感情さえも惜しまず捨てる。
誓ったのだから、
あの憎しみを忘れてはいけない…



はっと気がつくとまだ雪蓮と銀狐は言い合いをしていた。
考え過ぎてたかな…

「もう、我慢ならない!
銀狐!表に出ろ!叩き潰してやる‼︎」

雪蓮が顔を真っ赤にして言った。
どうも本気らしく銀狐の姿になっている。銀色の髪に耳を生やして…
その言葉に銀狐が反応する。

「ああ、いいですよ。
その代わり貴方が滅多斬りにされるだけですが?」


「馬鹿にしてんのか‼︎」

雪蓮が目を釣り上げて言う。

「ええ、してます。」

銀狐が真顔で返す。

「なんだと!」

本気で斬り合いになりそうだな…
そう思った雪儷は止めに入る。

「雪蓮、銀狐その辺にし………
ッ…!!!!????…」

その時雪儷はある事に気づいた。
この感情はッ!!!!
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!!!!!!ッ
一気にどす黒い感情が吹き出してくる。いつの間にか周りには突き刺さるような冷気が漂い、雪儷は銀色の髪に銀色の耳。
銀狐の姿になっていた。
少し目眩もする。思わず座りこんだ。
流石に二人も雪儷の変化に気づいたのだろう。
心配そうに顔を除きこむ。
雪蓮が何かを言ったがその時の雪儷には何も聞こえていなかった。
雪儷が混乱する中やっと言葉を発した。

「に……ん…が、人間がこっちに来てる。」

雪儷が震える声で言った言葉。
それだけで、その場は凍りついた。

「どっ、どういう事だ!雪儷!」

雪連が声を上げる。

「そうです。どういう事なのです?
確かここは私の力で少しの結界が貼ってあります。
私達にとっては結界からでたり、入ったり容易くできますが、人間には絶対に通る事は出来ないはずですよ。」

銀狐もは真剣な顔をして言う。
そうなのだ、確かに銀狐の力によって結界が貼ってある。
あまりに強すぎると自分たちが出入り出来ないため多少は弱くしてあるが、人間には絶対に入れるはずが無い。
なのに……

「その結界を壊して、すぐそこまで来てる…。何人もの人がこっちに
眠りの森に今いるわ……」

雪儷はそう答えた。
憎しみの感情が広がりつつある雪儷は、もう瞳が何処か虚ろだった。

「嘘だろ…!!!!眠りの森なんてすぐそこじゃないか!」

雪蓮はガシガシと頭をかじる。
相当焦っているのだろう。

「今まで、一度も人間は来なかったし、来させない様にしていたのに…
何故でしょう…
でも、目的は私達、銀狐でしょうね。
それ以外でこんな山奥には来ないでしょうし。」

ブツブツと銀狐が考えを述べる。
目的は……私達。
また、人間が私達を捕らえに?殺しに?
このままじゃ、雪蓮が、銀狐が
酷い目に合う。
自分が傷つくのはいい。
だけど、家族をまた失うのは嫌だ。
また、また
あの時になるのは嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌!!!!

だったら私が!
奴らを









「殺す……」




雪儷の瞳に冷たさがよぎる。
綺麗な瞳には憎しみ、怒りの炎が渦巻いていた。
あの時の瞳に…

その瞬間、雪儷の姿が消えた。





***



「殺す……」



雪儷がそう呟いた。
雪儷の瞳を見ると、やはり憎しみで支配されている様だった。
いけない!!
雪蓮はそう思い、雪儷を止めようと手を伸ばしたが、
すでに姿が無かった。

残っているのは肌を刺す様な冷気。

ああ、何て事なんだよ!
と雪蓮は心に叫ぶ。
もう少しくらい、待ってくれたっていいじゃないか!
16歳の少女をもう天は人殺しにさせるのか!
だとしたら、運命はあまりに残酷すぎる。
いつの間にか涙がでていた。
僕らが何をしたって言うんだ…

凍てつく冷気の中、

「追うぞ……」

掠れた声を出す。

「はい。」

銀狐が答えた。
それを、確かめると同時に彼らも姿を一瞬で消した。

残るのはやはり凍てつく冷気だけだった。






***


その頃、雪儷はもうスピードで木の上を渡り走っていた。
その速さは人間はもちろん銀狐達でさえも目で追えないぐらいだった。
長い銀色の髪を揺らしながら、人間達の方へと向かう。
雪儷が通った木や周りの場所はすべて凍りついていた。
雪儷の目付きは鋭くなり、膨大な殺気を醸し出している。

「殺さなきゃ……」

そう殺す。人間達を…
もう失う事は無い様に
守らなきゃいけないんだ。だから、殺す。


数分もしないうちに人間達が居るところに来た。
武装をした人間が何人もいる。
本当は木の上から抹殺したかったのだが、抑えた。
気配も完全に殺した。
結構居るな…
人間を観察する。
でも、容易く殺せそうだ。
どいつもこいつも弱い。一人一人見ていくと気になる人物が二人いた。
一人は青い髪をした男。
なかなか強い。
と雪儷はそう思った。雪蓮と互角になるんじゃないかと予想する。
まぁ、自分には劣るから問題はないだろう。
だが、問題なのはもう一人の男だ。
黒髪の長い髪をした男。
こいつからは強さがどれくらいか分からない。
何故か掴めないのだ。
ただ者ではない。雪儷の直感がそう告げた。
でも、迷っている場合ではない。
相手は人間。
絶対に皆殺しにするッ



雪儷はトンッと木から降り、彼らの目の前に着地し、睨みつけーーーッッ!!!!????

見ていた…
すでに、黒髪の男が雪儷を見つめていたのだ。
まるで、来るのがわかっていた様に…。思わず目を見開く。
その雪儷を見つめる瞳は黒く吸い込まれる様に美しいと同時にねっとりと絡みつく様なものだった。
そして、ニヤリと実に嬉しそうに笑った。
そしてーーー…




「銀狐登場…だな。」



と呟いた。


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