記憶と。
 僕はそれから、毎日学校が終わって綾子の家に通った。
綾子が学校に来なくなって1週間。
僕も、どうしていいのかわからず、限界が近くなっていた。
そんな7日目、いつもの様に綾子の家の近くまで来た僕は、少し違う雰囲気を感じた。
上を見上げてみると、家のカーテンが開いていた。
僕は急いで玄関の前に行き、いつもの様にインターフォンを鳴らした。
すぐに、家の中のほうで、足音がした。
中からは、すごく疲れた顔をした綾子のお母さんが出てきた。
「あ、あの。俺、河野といいます。綾子さんは・・・?」
僕はいろんなことが頭の中を駆け巡る中、必死に冷静になろうとしていた。
「あなたが・・・河野君?綾子なら上にいるわ・・・。どうぞ。上がって。」
おばさんは僕の事を知っている様子だった。
でも、そのときはそんな事を考える余裕は無かった。
僕は、こんな状況で、初めて綾子の家に入ることになった。
階段を上ると、奥の方からもの音がしていた。
「綾子・・・!」
綾子はだれかの荷物をダンボールに詰めていた。
それはおそらく父親のだったんだと思う。
「ユキ・・・?なんで・・・?」
「なんでって、お前学校に来なくなってからさ、心配で、家に来てみても誰もいないし・・・。」
「・・・。お葬式とか、いろいろあってさ。おじいちゃんの家でやってたから。」
「そっか・・・。」
綾子はずっと荷物をダンボールに詰めながら、泣くのを我慢するような、小さな声だった。
「親父さんは・・・なんで?」
「・・・。心臓発作だったんだって。」
「心臓発作・・・。」
「朝、一緒に御飯食べたんだよ。いつも通り、目玉焼きにソースかけちゃったりしてさ。」
「・・・。」
「それがね、病院にいったらね、もう、全然動かないんだよ。」
「綾子・・・。」
「お父さん、お父さんって呼んでもさ、なにも言ってくれなくて。すごく、冷たくて・・・。」
綾子の泣きそうな声を聞いて、僕も泣きそうになっていた。
でも、俺がここで泣くことが許されないのは、解っていた。
ここは、俺が泣いていい場所なんかじゃなくて、ただ目の前にいる大好きな人の為に、自分がいるんだと思った。
僕はその震える小さな肩をみて、抱きしめてあげたくなった。
でもそれは、ただのごまかしになるような気がして、出来なかった。
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