記憶と。
 僕は綾子の家から、自分の家に帰ろうとしていた。
途中で、バイクが急に止まった。
「なんでだよ・・・。こんな時に・・・。」
ガソリンメーターが振り切れていた。
その止まった場所は、いつもの空き地の目の前だった。
僕は吸い寄せられるように、空き地に向かった。
高校になって、一度も来たことがなかった。
そこは3年前とまったく変わらない風景だった。
僕はいつものカフェオレを1つだけ買い、ベンチに座った。
僕の隣には、空気しかなかった。
僕がここに座るときには、かならず暖かい人間の温もりがあった。
そして、大好きな笑顔があった。大好きな声で俺を呼んでくれた。
「ユキ。」
この声が、いまも耳の奥から離れない。
そして目を閉じると、いつもの、僕の大好きな笑顔が広がる。
「私4月24日なんだけどさ。24はトゥエンティフォーでしょ。4月ってなんていうの?」
最初の、綾子のことが気になり始めたこの声も、つい最近のことのように、思い出す。
それでも、全てのことを思い出せるわけではなかった。
3年、たった3年という月日だけで、僕は大好きだった子のことを忘れかけていた。
それが自分にとっていいことなのか、悲しいことなのか、僕には解らなかった。
ただ、カフェオレの温かさが、綾子の暖かさとダブって、僕は目を開けていられなかった。
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