ビターチョコ
その日の放課後。
軽音楽サークルの部室は、曲の練習ではなく、恋愛話に花が咲いていた。
今日はとりわけ放送部でやることがない美冬も部室にいる。
話題はもちろん、お昼休みに男性陣が聞いた琥珀ちゃんのことだ。
しかし、話題の中心である彼女はこの場にいない。
流石にやりすぎだ、と警官から注意を受け、事情だけは聞かれているらしい。
彼氏と勘違いされた巽くんも一緒とのことなのだそう。
麗眞くんから聞いた話によると、ある意味で彼の悪い予感は当たっていたのだという。
昨日の夜、琥珀ちゃんはCDショップでのバイト帰りに男性2人に襲われそうになったらしい。
琥珀ちゃんが先日女の子から助けた痴漢男と繋がりはあるらしかった。
琥珀を無理やり人気のない場所に連れ込んで乱暴する算段だったようだ。
スタンガンを当てられたが意識が多少遠くなっただけで気絶まではしなかった琥珀ちゃん。
しかし、とっさのことで反応は遅れたらしい。
そこで、たまたま部活の帰宅が遅くなった巽くんに救われたようだ。
巽くんの助けにより、男性2人組の統制が乱れた。
その隙は、逃さなかった。
琥珀ちゃんが近くにいた巽くんもご愁傷様、と言うほどの金的と飛びつき逆十字を決めた。
男2人はその場でノックアウトしたようだ。
「そこはさすがに、俺じゃ再現できないのが残念。
相沢によると相当の手練だぜ、琥珀ちゃん。
琥珀ちゃんが今と逆の性別に生まれてたら宝月家の人間のボディーガードにしたいくらいだって言ってたし。
ま、俺は数日前からこういうことを見越して、
相沢に琥珀ちゃんの後を車でこっそり尾行するように言ってたわけ。
だから、割とすぐに不届き者の野郎共を確保できた、って理由。
ついでに、こないだの食堂で囲まれてたあの日の授業の合間に時間もらえたんだ。
皆に昔渡したあの機械、琥珀ちゃんにも渡したからね。
それでおおよそ、琥珀ちゃんがどこにいるかは分かってたし。
それを渡してたところを、巽に色んな意味で勘違いされた、ってオチがついてるけどな」
「なんとなくわかってたわ、それ」
巽くんは琥珀ちゃんを心配してわざと遠回りをして帰って来ていたようだ。
巽くんは琥珀ちゃんをきちんと家の前まで送り届けて帰宅したらしい。
「いくら普通の女子高生より強いとはいえ、ちゃんと女の子なんだし警戒するべき」
そう声掛けをした巽くんを、少しムッとした目で見返した琥珀ちゃん。
巽くんに強く腕を掴まれ、玄関脇の塀に身体を押し付けられ、壁ドンをされたという。
壁ではなくて塀だが、というのはここではツッコまないでおく。
さらに抵抗できないよう、片方の腕はガッツリ掴まれたという。
「こうされたらさ、逃げようにも逃げられないし、自由も奪われるからお得意のジークンドーも出せないっしょ。
男は、こうやって力で無理やり迫る手があるわけだから、警戒しておくに越したことないってこと。
分かった?」
軽音楽サークル内では、解説をされた男性陣が女性陣に解説をしていた。
こういう、女子をキャーキャー言わせる役の再現は、大抵、椎菜と麗眞くんだ。
実演すると、私以外の深月と美冬が羨望の眼差しで2人を見ていた。
「ってわけで、さっきの台詞言われた琥珀ちゃんはというとね。
少なからず巽くんのこと、意識してるの自覚したみたいだよ?
実際に顔赤くして頷くしかできなかったみたいだし。
んで、巽くんにお礼がしたい。
無難に菓子折りとか渡すだけじゃ味気ないというのは理解している。
どうしたらいいか分からなくて悩んでる、って相談だったわけ」
「こういう方面は、俺らみたいな男よりお前ら女子のほうが畑だろってことなんだわ。
な、深月。
甘いものとかそういうのは、女子好きだろ。
現にお前も好きじゃん。
こないだなんてスイーツ食べ放題の店で何皿食ったよ」
「ミッチー、余計なこと言わないでよ!」
「こういうとき、華恋がいればなぁ。
絶対いいアドバイス言ってくれるのに」
美冬が呟くと、皆がうなだれた。
華恋がいない喪失感を埋めるように主に椎菜や美冬、深月がやいやい言い合った。
結局軽音楽サークルらしいことは曲の担当割り振りくらいだった。
カラスの鳴き声が聞こえてくる夕方。
部活動を終わらせて帰宅の途につくように放送が入る。
それを聞きながら、皆でわいわい、職員室に部室の鍵を返しに行く。
いつからいたのか、担任が静かにしろ、と口に人差し指を添えるジェスチャーをした。
「すまない、今、理事長が理事長で生徒と面談をしておられるから、少し声のボリュームを落としてくれ」
「親父が?
親父が直接面談するような生徒、いるかな、
うちの高校に。
よっぽど何かやらかしたか、中退する生徒の引き止めか、理由はいろいろ考えられるけど。
そういえば、今、高校独自の奨学金制度を考えているとかいないとか、話をしてたな」
息子の麗眞くんが何やら言っている。
「失礼しました」
ペコリと礼儀正しく身体をくの字に下げた女子生徒。
肩から下げた指定の鞄にはさして荷物が入っていないようにも見える。
スカート丈は少し膝よりほんの少し短い。
茶色い髪は、少し色が抜けて暗くなっている。
ドット柄のバレッタで髪をハーフアップにした毛がお辞儀をしたときに乱れたのだろう。
それを直したときに顔が見えた。
こちらを見つめている視線に気付いたようだ。
その女の子が顔を上げると、お互いに目を見開いたまま固まった。
「華恋……」
「皆、久しぶり。
部活終わりかな?
お疲れ様」
親友である美冬を筆頭に、皆が華恋!と名前を呼んで彼女に抱きつく。
男性陣はその輪には加わらず、空気を読んで、先に部室に鍵を返しに行ってくれたようだ。
「なんでここに?
もう具合はいいの?」
少しだけ事件がある前の華恋と比べればやつれている気もして、少し身体の線も細くなっただろうか。
そこ以外は今までの華恋と変わらない。
微笑むとエクボができるところもだ。
「んー?
いろいろ理事長からお話を頂いたの。
慣れるまで保健室登校にしないか、とかね。
あとは進路についてとか、奨学金制度の話とかいろいろ」
「そっか。
私はまた華恋と一緒に授業を受けられるなら嬉しいけど、華恋が決めることだもん。
教室が負担だったら、保健室登校でも全然いいと思う」
「そっか、理名も一時期、保健室登校してたんだもんね」
昇降口まで、華恋と一緒に歩く。
「話したいこと、いろいろあってさ、華恋の得意分野の話もあるよ?」
深月が振ったのはおそらく琥珀ちゃんの話。
「お、それは興味あるかも。
今度ゆっくり聞かせてねー!
じゃ、また!」
華恋は私達に手を振って、先に帰っていった。
「なんにせよ、元気そうで良かった」
「元気そうなのは、フリじゃなければいいけどな」
麗眞が手厳しい一言を放つと、今まで和やかだった空気が一変した。
「ちょっと麗眞?
そんな言い方は良くないと思う」
椎菜が麗眞くんの言動をピシャリとはねつけたがその意見を補強したのは秋山くんだ。
「悪いが、俺も麗眞に賛成だ。
明らかに事件があった前と比べると笑顔もまだ事件前と違った。
ちょっと無理やり笑顔を作ったように見えた。
それに、深月はわざとあの話題を振ったんだ。
事件前はあの手の話題は華恋ちゃんにとっては得意分野、彼女にとっての十八番だ。
嬉々として続きを聞きたがっただろ?
さっきはそんな様子だったか?
違っただろ」
秋山くんの言葉を補足するのは深月だ。
先程のやり取りで何か感じるところがあったのだろう。
「表面上はいつもと変わらないか、少し無理してるだけに見える。
でも、心はまだ病んでるわ。
興味があった恋愛相談に乗るってこと、心が受け付けなくなってるもの。
だけど、完全に拒否しなかったあたりは、希望が見えてる。
親友の相談に乗りたいっていう気持ちだけは強いわ。
本人にしか分からない得体のしれないどんよりしたものに打ち勝つことさえ出来れば。
回復は早いはず」
深月は皆を見回してそう言うと、スマホの画面を一目見て言った。
「ごめん、私先に帰るね!
お母さん、ちょっと私に研究の手伝い頼みたいみたいだから」
昇降口からダッシュで走る深月を追いかけるのは道明くんだ。
独りで帰るな、ということなのだろう。
「今日はここで解散にしよっか」
椎菜の一言で昇降口からやたら豪華な装飾の門をくぐり、帰路に着く。
麗眞くんと椎菜はこういう少し気まずい空気になっても一緒に帰るようだ。
そこは少し微笑ましい。
私は暖色から寒色になりつつある空を時たま見上げながら、最寄り駅までの道を歩いた。
改札にICカードを通して、来た電車に飛び乗って帰宅したのだった。
軽音楽サークルの部室は、曲の練習ではなく、恋愛話に花が咲いていた。
今日はとりわけ放送部でやることがない美冬も部室にいる。
話題はもちろん、お昼休みに男性陣が聞いた琥珀ちゃんのことだ。
しかし、話題の中心である彼女はこの場にいない。
流石にやりすぎだ、と警官から注意を受け、事情だけは聞かれているらしい。
彼氏と勘違いされた巽くんも一緒とのことなのだそう。
麗眞くんから聞いた話によると、ある意味で彼の悪い予感は当たっていたのだという。
昨日の夜、琥珀ちゃんはCDショップでのバイト帰りに男性2人に襲われそうになったらしい。
琥珀ちゃんが先日女の子から助けた痴漢男と繋がりはあるらしかった。
琥珀を無理やり人気のない場所に連れ込んで乱暴する算段だったようだ。
スタンガンを当てられたが意識が多少遠くなっただけで気絶まではしなかった琥珀ちゃん。
しかし、とっさのことで反応は遅れたらしい。
そこで、たまたま部活の帰宅が遅くなった巽くんに救われたようだ。
巽くんの助けにより、男性2人組の統制が乱れた。
その隙は、逃さなかった。
琥珀ちゃんが近くにいた巽くんもご愁傷様、と言うほどの金的と飛びつき逆十字を決めた。
男2人はその場でノックアウトしたようだ。
「そこはさすがに、俺じゃ再現できないのが残念。
相沢によると相当の手練だぜ、琥珀ちゃん。
琥珀ちゃんが今と逆の性別に生まれてたら宝月家の人間のボディーガードにしたいくらいだって言ってたし。
ま、俺は数日前からこういうことを見越して、
相沢に琥珀ちゃんの後を車でこっそり尾行するように言ってたわけ。
だから、割とすぐに不届き者の野郎共を確保できた、って理由。
ついでに、こないだの食堂で囲まれてたあの日の授業の合間に時間もらえたんだ。
皆に昔渡したあの機械、琥珀ちゃんにも渡したからね。
それでおおよそ、琥珀ちゃんがどこにいるかは分かってたし。
それを渡してたところを、巽に色んな意味で勘違いされた、ってオチがついてるけどな」
「なんとなくわかってたわ、それ」
巽くんは琥珀ちゃんを心配してわざと遠回りをして帰って来ていたようだ。
巽くんは琥珀ちゃんをきちんと家の前まで送り届けて帰宅したらしい。
「いくら普通の女子高生より強いとはいえ、ちゃんと女の子なんだし警戒するべき」
そう声掛けをした巽くんを、少しムッとした目で見返した琥珀ちゃん。
巽くんに強く腕を掴まれ、玄関脇の塀に身体を押し付けられ、壁ドンをされたという。
壁ではなくて塀だが、というのはここではツッコまないでおく。
さらに抵抗できないよう、片方の腕はガッツリ掴まれたという。
「こうされたらさ、逃げようにも逃げられないし、自由も奪われるからお得意のジークンドーも出せないっしょ。
男は、こうやって力で無理やり迫る手があるわけだから、警戒しておくに越したことないってこと。
分かった?」
軽音楽サークル内では、解説をされた男性陣が女性陣に解説をしていた。
こういう、女子をキャーキャー言わせる役の再現は、大抵、椎菜と麗眞くんだ。
実演すると、私以外の深月と美冬が羨望の眼差しで2人を見ていた。
「ってわけで、さっきの台詞言われた琥珀ちゃんはというとね。
少なからず巽くんのこと、意識してるの自覚したみたいだよ?
実際に顔赤くして頷くしかできなかったみたいだし。
んで、巽くんにお礼がしたい。
無難に菓子折りとか渡すだけじゃ味気ないというのは理解している。
どうしたらいいか分からなくて悩んでる、って相談だったわけ」
「こういう方面は、俺らみたいな男よりお前ら女子のほうが畑だろってことなんだわ。
な、深月。
甘いものとかそういうのは、女子好きだろ。
現にお前も好きじゃん。
こないだなんてスイーツ食べ放題の店で何皿食ったよ」
「ミッチー、余計なこと言わないでよ!」
「こういうとき、華恋がいればなぁ。
絶対いいアドバイス言ってくれるのに」
美冬が呟くと、皆がうなだれた。
華恋がいない喪失感を埋めるように主に椎菜や美冬、深月がやいやい言い合った。
結局軽音楽サークルらしいことは曲の担当割り振りくらいだった。
カラスの鳴き声が聞こえてくる夕方。
部活動を終わらせて帰宅の途につくように放送が入る。
それを聞きながら、皆でわいわい、職員室に部室の鍵を返しに行く。
いつからいたのか、担任が静かにしろ、と口に人差し指を添えるジェスチャーをした。
「すまない、今、理事長が理事長で生徒と面談をしておられるから、少し声のボリュームを落としてくれ」
「親父が?
親父が直接面談するような生徒、いるかな、
うちの高校に。
よっぽど何かやらかしたか、中退する生徒の引き止めか、理由はいろいろ考えられるけど。
そういえば、今、高校独自の奨学金制度を考えているとかいないとか、話をしてたな」
息子の麗眞くんが何やら言っている。
「失礼しました」
ペコリと礼儀正しく身体をくの字に下げた女子生徒。
肩から下げた指定の鞄にはさして荷物が入っていないようにも見える。
スカート丈は少し膝よりほんの少し短い。
茶色い髪は、少し色が抜けて暗くなっている。
ドット柄のバレッタで髪をハーフアップにした毛がお辞儀をしたときに乱れたのだろう。
それを直したときに顔が見えた。
こちらを見つめている視線に気付いたようだ。
その女の子が顔を上げると、お互いに目を見開いたまま固まった。
「華恋……」
「皆、久しぶり。
部活終わりかな?
お疲れ様」
親友である美冬を筆頭に、皆が華恋!と名前を呼んで彼女に抱きつく。
男性陣はその輪には加わらず、空気を読んで、先に部室に鍵を返しに行ってくれたようだ。
「なんでここに?
もう具合はいいの?」
少しだけ事件がある前の華恋と比べればやつれている気もして、少し身体の線も細くなっただろうか。
そこ以外は今までの華恋と変わらない。
微笑むとエクボができるところもだ。
「んー?
いろいろ理事長からお話を頂いたの。
慣れるまで保健室登校にしないか、とかね。
あとは進路についてとか、奨学金制度の話とかいろいろ」
「そっか。
私はまた華恋と一緒に授業を受けられるなら嬉しいけど、華恋が決めることだもん。
教室が負担だったら、保健室登校でも全然いいと思う」
「そっか、理名も一時期、保健室登校してたんだもんね」
昇降口まで、華恋と一緒に歩く。
「話したいこと、いろいろあってさ、華恋の得意分野の話もあるよ?」
深月が振ったのはおそらく琥珀ちゃんの話。
「お、それは興味あるかも。
今度ゆっくり聞かせてねー!
じゃ、また!」
華恋は私達に手を振って、先に帰っていった。
「なんにせよ、元気そうで良かった」
「元気そうなのは、フリじゃなければいいけどな」
麗眞が手厳しい一言を放つと、今まで和やかだった空気が一変した。
「ちょっと麗眞?
そんな言い方は良くないと思う」
椎菜が麗眞くんの言動をピシャリとはねつけたがその意見を補強したのは秋山くんだ。
「悪いが、俺も麗眞に賛成だ。
明らかに事件があった前と比べると笑顔もまだ事件前と違った。
ちょっと無理やり笑顔を作ったように見えた。
それに、深月はわざとあの話題を振ったんだ。
事件前はあの手の話題は華恋ちゃんにとっては得意分野、彼女にとっての十八番だ。
嬉々として続きを聞きたがっただろ?
さっきはそんな様子だったか?
違っただろ」
秋山くんの言葉を補足するのは深月だ。
先程のやり取りで何か感じるところがあったのだろう。
「表面上はいつもと変わらないか、少し無理してるだけに見える。
でも、心はまだ病んでるわ。
興味があった恋愛相談に乗るってこと、心が受け付けなくなってるもの。
だけど、完全に拒否しなかったあたりは、希望が見えてる。
親友の相談に乗りたいっていう気持ちだけは強いわ。
本人にしか分からない得体のしれないどんよりしたものに打ち勝つことさえ出来れば。
回復は早いはず」
深月は皆を見回してそう言うと、スマホの画面を一目見て言った。
「ごめん、私先に帰るね!
お母さん、ちょっと私に研究の手伝い頼みたいみたいだから」
昇降口からダッシュで走る深月を追いかけるのは道明くんだ。
独りで帰るな、ということなのだろう。
「今日はここで解散にしよっか」
椎菜の一言で昇降口からやたら豪華な装飾の門をくぐり、帰路に着く。
麗眞くんと椎菜はこういう少し気まずい空気になっても一緒に帰るようだ。
そこは少し微笑ましい。
私は暖色から寒色になりつつある空を時たま見上げながら、最寄り駅までの道を歩いた。
改札にICカードを通して、来た電車に飛び乗って帰宅したのだった。