ビターチョコ
翌日。
いつもどおり授業を終えて、放課後。
1通のメールが来ていた。
そのメールの送り主は、最近なんの連絡も寄越さなかった、拓実くんからだった。
皆に相談しようと思ったが、皆なぜかいない。
部活に行った様子もない。
今から会えないかという、シンプルな文面だった。
昨日部活に出たんだ。
その分いいだろうという気持ちで、今日はサボることにする。
拓実くんから指定されたのは、お互いの家の最寄り駅から丁度中間にある広い公園だった。
拓実くんの姿を、それも制服を着ている姿を、久しぶりに見た。
私を見つけると、駆け寄ってベンチの隣に腰掛けるように促す。
「理名ちゃん。
ごめん。わざわざ呼び出して、来てもらって。
あと、なかなか連絡もできなくてごめん。
ドイツ語の勉強、忙しくてさ。
やっと受かって、目処が立ったんだ。
俺、あと5日後にドイツに行くことになってるんだ。
理名ちゃんに、見送りに来てほしくて、それだけ伝えたくてさ」
何か言おうと思ったが、口ごもるばかりで、声が出ない。
こんなの私らしくない。
どうしちゃったの。
「ごめん。
言う勇気がどうしても出なくて。
理名ちゃんと会えなくなるのは、俺も寂しいんだ。
将来病院を継げとは言わない。
だが、医者になりたい気持ちが少しでもあるなら、海外でコミュニケーション技術を学んでこいって、父親からのお達しでね。
俺も成都輪生大学行くんだ。
そこの入試は多少なりとも英語以外の外国語の経験があれば有利みたいだから」
思考が追いつかない。
どういうこと?
拓実くんは、私と同じ大学を受験先として考えてる?
少しでもそれに有利になるように、わざわざドイツに行く、ってこと?
混乱して拓実くんから目を逸らす私。
逃げる私の目線を追って、目線を合わせるように、私の名前を呼んだ。
その声色が、いつもより低くて。
思わず、私は拓実くんの曇りのない黒い瞳を覗き込んでしまう。
「ホントは離れたくないんだよ、理名。
だけど、我慢して、待っててくれるかな?
大学に入れさえすれば、ずっと理名と一緒にいるよ?
約束する。
理名を他の男に向けさせない自信もね、ちゃんとある。
だから、信じて待っててくれますか?
返事は、今この瞬間にとは言わない。
俺がドイツに発つ飛行機に乗るまでに、ちゃんと聞かせてくれれば、俺は満足だから」
私の頭をそっと何度も撫でて、にっこり微笑む拓実くん。
「わかった。
何が何でも見送りに行くからね!」
「うん。
今は、その返事で合格。
大変良くできましたって花丸あげたいくらい」
今度は私の頭をくしゃくしゃに撫でたあと、ふいに拓実くんが声を張り上げた。
「あのさあ、皆私服でごまかしたつもり?
そんな大所帯で、バレバレだよ?」
ん?
どういうこと?
私が周りを見渡すと、近くの広場のベンチやら木の陰やら、ありとあらゆるところから私服姿のいつものメンツが現れた。
ネイビーの花柄ブラウスにベージュのトレンチスカートは深月だ。
去年の宿泊オリエンテーションのときは小物で女子力を足していたが、服装でも女の子らしさを出すようになったか。
この変化は、きっと秋山くんのおかげだな。
やっほーとでも言いたげに手を振っているのは美冬。
白いブラウスからは肩が見えている。
わざと見せているようだが。
ギンガムチェックの膝丈のスカートと黄色いサンダルが夏らしい。
ごめん!と手を合わせるジェスチャーをしているのは椎菜だ。
白いブラウスの襟がフリルになっていて目を引く。デニムのスカートに茶色いサンダルがシックだ。
いつもの彼女にしてはラフな格好だ。
それでも、女の子らしさは抜けていないどころか、むしろ補強されている。
被っているストローハットのせいだろうか。
それぞれの女子の後ろや横、斜め後ろにはそれぞれのカップルの片割れがいる。
しかも私服で。
私服姿は新鮮だ。
皆で公園の外に出ると、見慣れた車体の長い車が目の前に現れた。
いつからいたんだろう。
窓から顔を出したのは、例のごとく相沢さん。
あともうひとり、華恋だった。
白いTシャツにミントグリーンのシャツを羽織っている。
ネイビーのパンツを履いている華恋は、皆に車に乗るように促してくれた。
全員が車に乗り込んだところで、こう切り出した。
「ごめんね、理名。
理名が前に、バイト終わりに麗眞くんの家に来たの、覚えてる?
あの時、実は拓実くん本人から聞いてたんだよね。
ドイツ行くことを。
理名には言わないで行く予定、って言ってたから」
その後を、麗眞くんが引き継ぐ。
「でも、それじゃあんまりだって、俺が言ったんだ。
せめて伝える心の準備をしてもらうべく、手の空いてるやつから順番に、拓実くんの相談に乗って。
やっと本人も決心ついたみたいで、それを伝えたのが今さっき、ってわけ」
「だから、私たちが最近部活行けなかったのもそのため。
ごめんね?
理名ちゃんのことだから、皆が自分のこと避けてるって思ってたよね」
「ほんとにごめん。
理名ちゃんには言わないでって言うのが最初の拓実くんのお願いだったから。
だけど、理名自身も黙って自分の知らない土地に行ってほしくはなかったでしょ?」
「おいみんな、一気に喋りすぎだ」
「そうそう。
一番混乱してるのは本人だ。
情報を一気に与えすぎると、いくら頭の良い子でもキャパオーバーする」
女性陣の謝罪やフォローの勢いを男性陣が抑える格好だ。
その時、相沢さんが麗眞くんの屋敷に着いたというアナウンスをしてくれた。
屋敷に入ってもまだ何か言っている皆を無視して、早足で歩く。
「ごめん皆。
情報が溢れて分からない。
私がいいって言うまで一人にして!
一気にいろんなこと言われすぎて、いろんなこと起こりすぎてワケわかんないよ!」
私は脇目も振らずに屋敷の階段を降りて、皆の前から姿を消した。
いつもどおり授業を終えて、放課後。
1通のメールが来ていた。
そのメールの送り主は、最近なんの連絡も寄越さなかった、拓実くんからだった。
皆に相談しようと思ったが、皆なぜかいない。
部活に行った様子もない。
今から会えないかという、シンプルな文面だった。
昨日部活に出たんだ。
その分いいだろうという気持ちで、今日はサボることにする。
拓実くんから指定されたのは、お互いの家の最寄り駅から丁度中間にある広い公園だった。
拓実くんの姿を、それも制服を着ている姿を、久しぶりに見た。
私を見つけると、駆け寄ってベンチの隣に腰掛けるように促す。
「理名ちゃん。
ごめん。わざわざ呼び出して、来てもらって。
あと、なかなか連絡もできなくてごめん。
ドイツ語の勉強、忙しくてさ。
やっと受かって、目処が立ったんだ。
俺、あと5日後にドイツに行くことになってるんだ。
理名ちゃんに、見送りに来てほしくて、それだけ伝えたくてさ」
何か言おうと思ったが、口ごもるばかりで、声が出ない。
こんなの私らしくない。
どうしちゃったの。
「ごめん。
言う勇気がどうしても出なくて。
理名ちゃんと会えなくなるのは、俺も寂しいんだ。
将来病院を継げとは言わない。
だが、医者になりたい気持ちが少しでもあるなら、海外でコミュニケーション技術を学んでこいって、父親からのお達しでね。
俺も成都輪生大学行くんだ。
そこの入試は多少なりとも英語以外の外国語の経験があれば有利みたいだから」
思考が追いつかない。
どういうこと?
拓実くんは、私と同じ大学を受験先として考えてる?
少しでもそれに有利になるように、わざわざドイツに行く、ってこと?
混乱して拓実くんから目を逸らす私。
逃げる私の目線を追って、目線を合わせるように、私の名前を呼んだ。
その声色が、いつもより低くて。
思わず、私は拓実くんの曇りのない黒い瞳を覗き込んでしまう。
「ホントは離れたくないんだよ、理名。
だけど、我慢して、待っててくれるかな?
大学に入れさえすれば、ずっと理名と一緒にいるよ?
約束する。
理名を他の男に向けさせない自信もね、ちゃんとある。
だから、信じて待っててくれますか?
返事は、今この瞬間にとは言わない。
俺がドイツに発つ飛行機に乗るまでに、ちゃんと聞かせてくれれば、俺は満足だから」
私の頭をそっと何度も撫でて、にっこり微笑む拓実くん。
「わかった。
何が何でも見送りに行くからね!」
「うん。
今は、その返事で合格。
大変良くできましたって花丸あげたいくらい」
今度は私の頭をくしゃくしゃに撫でたあと、ふいに拓実くんが声を張り上げた。
「あのさあ、皆私服でごまかしたつもり?
そんな大所帯で、バレバレだよ?」
ん?
どういうこと?
私が周りを見渡すと、近くの広場のベンチやら木の陰やら、ありとあらゆるところから私服姿のいつものメンツが現れた。
ネイビーの花柄ブラウスにベージュのトレンチスカートは深月だ。
去年の宿泊オリエンテーションのときは小物で女子力を足していたが、服装でも女の子らしさを出すようになったか。
この変化は、きっと秋山くんのおかげだな。
やっほーとでも言いたげに手を振っているのは美冬。
白いブラウスからは肩が見えている。
わざと見せているようだが。
ギンガムチェックの膝丈のスカートと黄色いサンダルが夏らしい。
ごめん!と手を合わせるジェスチャーをしているのは椎菜だ。
白いブラウスの襟がフリルになっていて目を引く。デニムのスカートに茶色いサンダルがシックだ。
いつもの彼女にしてはラフな格好だ。
それでも、女の子らしさは抜けていないどころか、むしろ補強されている。
被っているストローハットのせいだろうか。
それぞれの女子の後ろや横、斜め後ろにはそれぞれのカップルの片割れがいる。
しかも私服で。
私服姿は新鮮だ。
皆で公園の外に出ると、見慣れた車体の長い車が目の前に現れた。
いつからいたんだろう。
窓から顔を出したのは、例のごとく相沢さん。
あともうひとり、華恋だった。
白いTシャツにミントグリーンのシャツを羽織っている。
ネイビーのパンツを履いている華恋は、皆に車に乗るように促してくれた。
全員が車に乗り込んだところで、こう切り出した。
「ごめんね、理名。
理名が前に、バイト終わりに麗眞くんの家に来たの、覚えてる?
あの時、実は拓実くん本人から聞いてたんだよね。
ドイツ行くことを。
理名には言わないで行く予定、って言ってたから」
その後を、麗眞くんが引き継ぐ。
「でも、それじゃあんまりだって、俺が言ったんだ。
せめて伝える心の準備をしてもらうべく、手の空いてるやつから順番に、拓実くんの相談に乗って。
やっと本人も決心ついたみたいで、それを伝えたのが今さっき、ってわけ」
「だから、私たちが最近部活行けなかったのもそのため。
ごめんね?
理名ちゃんのことだから、皆が自分のこと避けてるって思ってたよね」
「ほんとにごめん。
理名ちゃんには言わないでって言うのが最初の拓実くんのお願いだったから。
だけど、理名自身も黙って自分の知らない土地に行ってほしくはなかったでしょ?」
「おいみんな、一気に喋りすぎだ」
「そうそう。
一番混乱してるのは本人だ。
情報を一気に与えすぎると、いくら頭の良い子でもキャパオーバーする」
女性陣の謝罪やフォローの勢いを男性陣が抑える格好だ。
その時、相沢さんが麗眞くんの屋敷に着いたというアナウンスをしてくれた。
屋敷に入ってもまだ何か言っている皆を無視して、早足で歩く。
「ごめん皆。
情報が溢れて分からない。
私がいいって言うまで一人にして!
一気にいろんなこと言われすぎて、いろんなこと起こりすぎてワケわかんないよ!」
私は脇目も振らずに屋敷の階段を降りて、皆の前から姿を消した。