ビターチョコ
その思考を引き戻すかのように、後ろからトントン、と優しい手つきで肩を叩かれた。

振り向くと、そこには私より五センチほど背の低い、胸元まである茶髪ロングヘアと白い肌をした女の子が立っていた。
胸元で内側に緩く巻かれている髪。
高校生とは思えないくらい豊かな胸の膨らみに目がいってしまう。
新品のブラウスのボタンがはちきれないか心配になってくる。
何を食べたら、こんなにも胸が大きくなるんだろう。
羨ましい。

……自分はというと、新品のブラウスの上から微塵も主張していない。
ないものと等しい。
比べるのも虚しくなるので、やめた。

アイシャドーのピンクと頬のピンク色が同じように彩られている。
きっとファッションもいかにも女子力の高い、パステルピンクや白いレースの服を好んで着そうな雰囲気の子。
残念ながらそりが合わなさそうだ。

あいにく、私は女の子らしいレースやフリルなどは一切好まない。
ボーイッシュなチェックシャツにTシャツ、ジーンズにスニーカーが一番落ち着くのだ。

「ね、あなた、突然で悪いけど、体調悪いとかない? 
式の途中、ずっとボーっとしてたでしょ?
だから気になってたの。
初対面なのに、余計なお世話だったのならごめんね」
 
その女の子は口を開くなりそう言ってきた。
そんなに私は周囲から浮いていたのか。
物思いに耽っていた事はそんなにわかりやすかったのだろうか。

「そんなことない。
考えごとしてただけだから。
初対面のあなたに勘違いされる謂れもない。
心配してくれたのは、嬉しいけど」
 
ぶっきらぼうにそう言い放つと、女の子は露骨に眉を下げた。

「気を悪くしたなら、本当にごめんね。
でも、体調が悪いんじゃなくてよかった」
 

あんなに警戒心を露わにしてキツイことを言ったのに、笑顔を浮かべたその女の子。
彼女の姿を見た途端に、私は悟った。
「強靭な精神力の持ち主」だと。

「椎菜《しいな》」
 
低い声がして、身構えた。
女の子に声を掛けたのは、男の子だった。

制服のブレザーもスラックスも、新入生特有の「着られている」感が一切なかった。
襟足くらいまであるストレートの黒髪が目を引く。
身長は、170の私が見あげなければならないから、180はあるだろうか。
そして顔も世間では「イケメン」と評されるに違いない整いぶりだった。

「まったく。
入学早々、何人友達増やせばいいわけ?」


「いいじゃない、麗眞《れいま》。
友達は多い方がいいんだから」


「確かにそうだけど。
それにしてもさ、近頃の女子にしては珍しく一匹狼タイプの子もいるんだからさ。
仲良くなりたいオーラ出し過ぎるのもほどほどにしろよ? 
いい迷惑だろ」
 
そのイケメンは、私の顔をチラチラ見ながらそう言ってくる。
なに、この自信過剰で上から目線な感じ。
イケメンだからって調子に乗っているのか。
正直、絶対に仲良くなりたくないタイプだ、と心の中で毒づいた。

「とか言って、新入生代表の言葉読んでる時からこの子のこと気になってたくせに。
よく言うよ、麗眞も。

あ、そうそう。
自己紹介、まだだったね! 
私、矢榛 椎菜《やはりしいな》っていいます。
よろしくね」
 
にっこりと口角を上げて、椎菜と名乗った女の子。
そして、隣のイケメンを指さした。
イケメンくんとこの子は幼なじみらしい。

「俺は宝月 麗眞《ほうづき れいま》。
よろしく」

「……理名。
岩崎 理名《いわさき りな》。
……よろしく」

何とか顔に笑顔を貼り付けて、名前のみを名乗った。

自己紹介を終えたところで、ガラ、と音を立ててドアが開き、背は高いが痩せた男性が入ってきた。
皆は慌てて座席に座った。
この人が先生であるらしい。


「えー、皆。
入学おめでとう。
この学び舎で過ごす三年間が充実したものになるよう、心から祈っている」
 
開口一番そう言った男性は、白いチョークで黒板に文字を書いた。


『森田 一貴《もりた かずき》』と書かれていた。
この男性の名前だろう。
担当教科は化学だという。
名前からして、生物学の先生かと思っていただけに、意外だった。


「というわけだ。
今日から一年間、共に過ごすことになる。
よろしく! 

えー、それでだな。
明日は上級生との対面式だ。
その前に、教員の離任式と着任式がある。
きちんと学校に来るように!
今日は以上」

面倒くさい。
同年代でさえ緊張するのに、上級生と対面しなければならないなんて。
夢であってほしい。

先生の話を終えると、各々が教室を出て、帰宅の途についていく。
私も帰ろう。

教室を出て昇降口へと向かった。
オリエンテーションで言われたように、靴箱の扉を手前に引いて上靴を入れる。

そして四桁の数字を入れてロックする。
これで、この靴箱を開けることが出来るのは自分しかいないことになる。
ここまでセキュリティーが徹底している学校だったとは。

ここまでする必要あったのかは疑問だが。
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