ビターチョコ
バスを降りると、クラスの皆で集合写真を撮るからと皆で並んだ。

私は、後ろの方で良かったが、深月ちゃんや椎菜ちゃん、麗眞くんが前に行きたがった。

真ん中の方で写真に撮られた。

目立つのなんてまっぴらごめんだった。
しかし、撮られてしまったものは仕方がない。

写真を撮った後は、皆で移動した。

嬬恋プリンスホテルを通り過ぎた時は、皆からブーイングが起こった。

「そんな泊まりたいか?
ホテル」

ポツリと呟いた麗眞くんに、皆が白い目線を向けたが、当の本人は全く気にも留めていないようだ。

そりゃ、いいよね。
本人は、ホテルと間違えられても不思議じゃない豪華な家に住んでるんだから。

私たち一般人とは世界が違うのよ。

提携している大学が建てたという、青っぽい屋根の建物が見えた。
敷地も広大で、周りには高い山がいくつもそびえ立っている。
日頃、一応都会にいるということを忘れてしまいそうだった。

自動ドアをくぐって中に入ると、ボルドーの絨毯と受付、そして黒スーツの方たちが頭を下げながらお出迎えをしてくれた。

うわ、さっき平然としていた張本人である麗眞くんの家にいそうな人たちだ。

あまりにも私と住む世界が違いすぎる。
眩暈がしそうだった。

男子は違う棟だからと、一度別れた。

しおりに張り付けられている振り分け表を見ながら歩いていると、黒スーツのおじさんが先頭に立って案内してくれた。

私たちが通されたのは、ベッドも1つとはいわず3つある8帖の和室だった。

「見かけによらず広いねー!!」

「外からこの建物見た時は部屋も狭そうとか思ったのに。
見直したわ」

深月ちゃんがしおりを広げる。

「荷物置いたらしおりと筆記用具持って大ホール集合だってー」


めんどくさ、と付け加えながら、皆でオートロックの扉を開けながら部屋を出て、のろのろと大ホールに向かう。

高校での過ごし方の話から、校則についてなど退屈な話ばかりだった。
この高校についての話のとき、つい、睡魔に負けてうとうとしていた私が、顔を上げる。

一昨日見た顔がそこにあった。
見間違いではない。
一昨日、私が食堂で思い切りぶつかった……麗眞くんのお父さんその人であった。

あの家の資産の秘密が、なんとなくわかった気がした。

ただ、驚きはそれだけで終わらなかった。

この宿泊オリエンテーションが終わった数日後に学力テストがあるのだそう。
これで、英語のクラスを分けるらしい。
これには流石に、列のあちこちからどよめきが起こった。

しかも、2年次からは、試験の結果によって文系と理系に分けられるようだった。
いつまでも、このメンバーで仲良しこよしをしているわけにはいかない、ということだ。

だったら、今のうちに、深月ちゃんや碧ちゃん、椎菜ちゃん、麗眞くんとで仲深めておかなきゃ、ってことよね。


バイトなんて、している場合じゃない気がする。
でも、私も椎菜ちゃんと麗眞くんみたいな関係に憧れてはいる。

何より、今朝会った男の人が、素敵だった。

頭の中がその事ばかり占めていた。
だから、話が進路のことにまで及んでいることに気づかなかった。


「そこの横縞ブラウスにオーバーオールの女子!
しっかり話を聞くように!」

他でもない、私が注意されたことにも、気づけないでいた。

レストランで昼食を食べている時も、深月ちゃんや碧ちゃんたちの会話が耳に入っておらず、上の空だった。

「もう、理名ちゃん!
しっかりしてってばー!
大丈夫?
熱とかないよね?」

深月ちゃんに、今日だけの間に何度そう言われたかわからない。

「ごめん。
で、なんの話だっけ?」

「麗眞くんのお父さんが壇上に上がってお話してたじゃない?
その時、碧と2人で話してたの!
麗眞くん、父親似だよねって」

「うん、そうだね」

確かに彼女たちの言う通りだった。
顔も体型も、少々キザな言い回しも何もかもが十分過ぎるほどに、そっくりなのだ。

「麗眞くんも、本当に一途だよね。
モテそうなのに。
椎菜ちゃん以外全く興味ありませんって態度だもん」

「羨ましい。
あの二人が」

昼食後は、またホールに集まって、高校生の勉強法の話や薬物の話、防犯の話と、重い話題ばかりだった。

自由時間と、夕食を挟んで、時間を区切ってクラスごとに入浴の時間となった。
そっと深月ちゃんと碧ちゃんを観察すると、私より出るところの出たスタイルだった。

「理名ちゃんらしいねー、下着も黒って」

「そう?
ありがと。
そういうこと、言われたことないや」

宿泊オリエンテーションの前に、急いで買ったなんて、言えるはずがない。


そう言う深月ちゃんは、人魚姫が着ていそうなシェル型カップのコーラルピンクのセットアップを身につけていた。
ショーツにもスカラップがついている辺り、ぬかりない作りになっている。
なかなかセンスがいい。
 
碧ちゃんは、カップにフリルとレース、中央にはリボンがあしらわれている、彼女の名前にふさわしい、グリーンのもの。
ワイヤー入りだと苦しいようで、ノンワイヤーだという。
それにしても、程よくボリュームアップされていた。

椎菜ちゃんはというと、水彩画のような花柄とレースが競演した、派手に見えるが品のいいセットアップだった。

……このグループの女子で下着コンテストでも開けば文句無しの優勝を勝ち取れる程だろう。

私はやはり、きまりが悪く、手早くセットアップを脱いでロッカーにしまうと、タオルを巻いて先に浴室へ入った。

親友3人のスタイルの良さを目の当たりにして平然としていられるわけがない。
私も、もう少し、女子として気を遣うべきなのだ。
高校生がくびれのない幼児体型なんて、いただけない。
もう、中学生ではないのだ。



一通り身体と頭に泡を纏わせてから、洗い流してお風呂に入る。
今日1日あったことが、脳内を走馬灯のように駆け巡る。

「理名ちゃん?」


いつからいたのだろうか。
隣には、椎菜ちゃんに深月ちゃん、碧ちゃんがいた。

「ふぅ。いいお湯」

などと言いながら、肩までちゃんとお湯に浸かっている。


「びっ、くりしたぁ……」


「ね、理名ちゃん?
そろそろ話してくれてもいいじゃない。
私たち、友達でしょ?
バスに乗るまでの間、何かあった?
ずーっと上の空だったよ?」

私の予想通りに、目敏く私の異変を見抜いていた深月ちゃんの言葉に覚悟を決めた。





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