ビターチョコ
朝、電車で親切にしてくれた男の人のことを皆に話した。

「へー、そんなことあったんだ?」


「麗眞が、理名ちゃんもリムジン乗せていってあげたらって言ってたけど、逆にそうしなくてよかったのかも。

なーんてね。
そうしてたら、一目惚れの機会、逃してたんだし。
これで、理名ちゃんの女子力がぐぐっと上がること、間違いなしだね!」

深月ちゃんがコホンと咳払いをして、本題に戻す。

「私たちの認識が正しいなら、理名ちゃんはその名前も知らない男の人に一目惚れした、ってわけだけど。
その男の子の制服、どんな感じだったか覚えてる?」

「紺のブレザーにスラックスだった。
ネクタイがエンジだったから、よく覚えてる。
ブラウスは縦のストライプだったような気がする。
制服、着崩してなかったから、きっと私たちとタメだと思うんだ。

上級生だったら、少し着崩してるはずだし、まだ身体に馴染んでなかったし」

「それで?
服装は分かった。
その人の外見の特徴は?」

「顔は麗眞くん程じゃないけど、それでも整ってた。
茶髪で長めの髪だった、ってことしか印象に残ってないや」

「そっかぁ……」


「今の話、メモしておければいいんだけど」


碧ちゃんと一緒に私も周りをキョロキョロ見回すと、ジップロックに入った薄いピンクのスマホを高く掲げている女の子と目が合った。

その場にいた誰しもが、『お風呂にまで携帯電話を持ち込むなよ』というツッコミも忘れて、その子が次の言葉を発するのを待った。

「私、ちゃんとメモしてたよ?
さっきの話!
なんならSNSで拡散するし、そしたら本人から接触があるかもしれないじゃない?
そういうことなら任せてよ!」

「ありがとう、助かるよ!
えっと……」


「私の名前は関口 美冬《せきぐち みふゆ》。
よろしくね?」


「よろしく……」

親しげに話しかけた深月ちゃんを筆頭に、私たち皆がペコリと会釈した。

「もう、そんな固くならなくていいのに……
同い年なんだし」

そんなこんなで、美冬ちゃんも輪に入れながら熱さにも慣れた湯に浸かった。

時間が経つのは早い。

迫りくる次のクラスとの交代時間という名のタイムリミットに追われながら着替えるハメになった。
髪を乾かす時間が、ほとんどないと嘆く女子たち。
私は気にも留めなかった。
こういう時に、髪が短いと便利なのである。

「意外と時間にシビア……」

「私、濡れた髪にも使えるヘアアイロン持ってるよー?
貸そうか?
私と深月ちゃんと、椎菜ちゃんの3人はさっきの短いドライヤーだけじゃ乾かなかったでしょ」

皆が困っているのを見計らってそう言う美冬ちゃん。
気が利く子だ、と思った。
椎菜ちゃんや深月ちゃんとはまた違う気遣いの仕方だった。


椎菜ちゃんと深月ちゃんは、お言葉に甘えて美冬ちゃんの部屋までヘアアイロンを借りに行くという。

「多分私の部屋にいる皆はババ抜きやるはずだよ?
私たちの部屋来る?
その間、2人は暇だろうから」


「行きたい」


碧ちゃんの一声で、私も一緒にお邪魔することになった。
美冬ちゃんたちの部屋は私たちの部屋の2つ隣らしい。
ヘアアイロンを使っている3人の横で、皆でババ抜きのカードを配る。


配り終えた後、深月ちゃんが口を挟んだ。

「ねぇねぇ、人数多いしさ、少人数に分けてババ抜きやって、負けた人同士でやった方が面白いんじゃない?」

「それ、いいねー!」

 美冬ちゃんの部屋の面々も賛成した。
グループを決めようとした時、栞を眺めていた椎菜ちゃんが言った。

「21時からセミナールームに移動してメンバー内で将来の夢語って、10年後の自分に手紙を書くワークやるんだって。
そろそろ移動しなきゃじゃない?」

「そうだっけ?
椎菜ちゃん、あんまり髪乾かせてないよね?
風邪引かない?
大丈夫?」

「大丈夫だよ、多分。
行こ?」


皆で廊下に出た後、セミナールームに向かいながら、美冬ちゃんの部屋の面々が自己紹介してくれた。
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