ビターチョコ
茶髪のパーマが目を引く、矢野 陽花《やのはるか》ちゃん。
小さい頃から身体を動かすことがとにかく大好きだったようだ。

ミディアムの長さの茶色い髪をハーフアップにしている、赤いフレームのメガネを書けた女の子は、美川 華恋《よしかわかれん》ちゃん。

薄いアイスブルーの無地マキシワンピースを部屋着にしている辺り、椎菜ちゃんととっても話が弾みそうな気がするのは私だけだろうか。

彼女は普段はコンタクトレンズだが、入浴後はメガネ使用なのだそうだ。

野川 恵梨《のがわえり》ちゃんは、茶髪のボブで、前髪がうっとうしいのか、カチューシャで抑えている女の子。

高校のジャージ姿というすぐにでも眠れそうな彼女は、眠そうに目を擦りながら歩いていた。

エレベーターで2階に降りてセミナールームに着いた。
すでに多くの生徒がグループごとに輪になって集まっていた。

皆、来るの早くない?
意識高い系高校生、ってやつ?

とにかく、私たちも輪になることにした。
すると、私たちに気付いて必死に手招きしている男の子がいた。

「お前ら、遅くね?」

麗眞くんだった。

「悪かったわね、遅くて。
女子は何かと時間がかかるの!
アンタたち男子と違うんだから」

「ったく。
それならいいけど。
椎菜か碧ちゃん辺り、体調崩したんじゃないかとか、いらん心配したわ」

「もう、麗眞くんは心配しなくていいの。
保健係、私なんだから。
なにかあったら対応できますから」

「はいはい。
悪かったって」

そんな会話をしていたものだから、気付かなかった。
椎菜ちゃんの表情がいつもと違うことに。

「お前らー。
余計な私語じゃなくて、将来の夢や目標を話せよー」

担任の声で、皆、しぶしぶといった様子でグループメンバーと話し合う。

「興味あるんだよね、私。
理名ちゃんの将来の夢」

 深月ちゃんの問いに、グループの皆が一斉に頷いて、目線を私に向ける。
え?
私!?


「わたし、は……」


脳裏に、幼い頃の母の姿が浮かんだ。


「私のお母さん、看護師だったの。
私が中学3年生に上がる年に、末期の子宮頚がんで……
もう、今は……」

ここで言葉を切るしかなかった。
首を振るだけで精一杯だった。
これ以上言うと、眼鏡が本来の役割を果たさなくなりそうだったから。

友達になったばかりの人がいる前とはいえ、泣きたくはなかった。


麗眞くんが、担任の先生の元に走って、何かを言いに行く。

戻ってきた麗眞くんは、有無を言わさぬ様子で私の腕を掴んで引っ張ると、セミナールームの外に出た。


「なに……」


いつかと同じように、彼の爽やかな香水が鼻腔を刺激した。
そんなことを思っている合間にも、私は彼の腕の中にいたのだ。


「ほっとけねーの。
泣きそうな友達が隣に座ってるのに、見て見ぬフリができるほど、俺は出来た人間じゃないしな」

「そっか……。
ありがと」


心のなかに微かに溶けずに残っていたソーダ味の飴玉が、消えたのが分かった。

私、好きになりかけてたんだな、麗眞くんのこと。

さっき、彼ははっきり言っていた。
”友達”だと。


私はどう頑張っても麗眞くんの彼女にはなれないし、麗眞くんの彼女になる資格があるのは、椎菜ちゃんただ1人だけなのだ。

それなのに、期待してしまっていたのだ。

優しくされるたびに、もしかしたら私の事を好きになってくれたり、するのではないかな、などと。
でも、本当は、麗眞くんを好きになったということではなくて。

朝、私が見た彼を、勝手に麗眞くんと重ねて見ていただけかもしれない。


何が正解なのか、自分でも分からなかった。

カカオ70%のチョコレートのことをビターチョコというけれど、これを食べた時に感じる味に近いものが、自分の心の中にある気がした。

……1つだけわかったことがある。

これであの彼が何という名前で、どこの高校生なのか、といったようなことが分かったとき、本気で、その人と向き合うことができる、ということだった。


ほんの少しだけ、麗眞くんの胸を借りて少し泣いた後、皆の輪の中に戻った。
しかし、何か違和感があった。

1人いないのだ。

「アイツ、またどっか行ったな……」

困ったように頭の後ろに手をやる麗眞くんの仕草と表情からして、いないのは椎菜ちゃんらしい。

また、いつかのときと同じパターンだなと思いながら、皆で手分けして椎菜ちゃんを探すことにした。

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