「竹の春、竹の秋」
後編

1.

あなたを好きになった、と言えばよかったのだろうか。
一晩で、たった一度抱かれただけで、恋に落ちたと告げればよかったのか。

あんな風に狂おしく愛おしく誰かを抱く男が、受け入れられることのない恋心を滾らせてただただ誰かを想い続けている。

あの夜、薫には分かった。あの男のやりばのない想いは彼の中でマグマのように沸々と沸いてそして鉄のように彼の内側に刃を作っている。その刃は出来上がるそばから彼を内側から切りつけているのだ。彼は今日も笑顔の下にあの凶器のような情熱を抱いているのだろうか。そうだ、あんな風に抱かれたら、きっと誰だってあの男を好きになるのに。ああやって自分を傷つけてしまう前に、想う人を抱いたらいい。

そうして、彼がその恋心を遂げたらいいのに、と思う一方で、それでは駄目だと彼の不幸を祈るような自分もいた。

あの男にもう一度会いたい、もう一度あの腕の中に抱かれたい。
あの男が誰かに恋焦がれてどうしようもなく乱れる様を見たい。
やり場のない情熱を吐き出すなら、どうかあの夜のように、ここに。

目を閉じると、薫の瞼の裏でタクミは薫を抱いた。
長い前髪が揺れる。
厚い肩の隆起。
その胸の反る様、薫を抱こうとして丸くなる背、力強く、そして緩く、薫を囲う腕──
擦り切れそうだと怯えながら再生する。
タクミとの一夜は、何度も何度も薫の瞼を焼き、薫はその瞼の裏でならもう、幾夜もタクミに抱かれた。
そして抱かれるたびに、
タクミの顰めた眉が、
自分の汗なのかタクミの汗なのかも分からない、濡れた肩にかかるタクミの息遣いが
切れ切れに愛しい人を呼ぶその声が
薫の胸をぎゅうっと握りつぶす。



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