「竹の春、竹の秋」

8.

 自分を好きにならない相手ばかりを選んでいるわけではない。
それでも、薫が真剣に好きだと思った恋はけして実ったことはないし、この先ももしかしたら実ることはないのかもしれなかった。傷つけあうこともできない不毛さを笑うしかないような恋にばかり真剣になる。それでも、そんな恋ならしなければいいとそんな風に棄てきることもできないし、ただ大事に抱えているだけの恋だとしても、他の何かに取って替えたいとは思えない。

 それだからいつも、かなわない恋は静かに胸に抱えたまま、簡単に手に入る恋愛ごっこばかり慈しんでしまう。空しいと思うのに、諦めばかりが先を行くような生き方が、いつの頃からか当たり前になった。

 「バカだな・・・」
 黒い革靴の光る足先を見つめる。靴に反射した光が揺れるように大きくなる。涙が、──。
 ごまかすように、つぶやいた言葉が空気の細かい粒子の中を泳ぐように伝わっていくようだった。見上げると、まっすぐに自分を見つめるタクミと目が合う。

 報われないと分かっていて諦めることもできずに留まることを知らない想いを抱き続けている男は、あの夜と同じように苛立ちに荒んだ目をしている。切なさが疾うになじんでいる目は、逸らされることもなく挑むように薫を見つめていた。
 辛くても、逃げない。
 そんな恋を自分はしたことがあっただろうか。
 この先、自分はそんな恋をすることがあるのだろうか。
 今抱えているこの想いが、そうなのではないのだろうか。それとも、いつか雪が溶けるように消えていくのだろうか。

 「そんな恋、一生に一度だってないかもしれないのに。誰にでもできる恋じゃないよ。あんな風に抱かれるなら、俺、ずっと代わりでもいいって思った。今も思ってる。そんな風に誰かに思わせる程の恋ってちょっとないよ。
──だめだよ、諦めたりしちゃ、手放したりしちゃ、駄目だ。」

 
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