シンデレラは硝子の靴を
「ありがとうございました…」



渋々ドアを開けた沙耶の背中に、坂月の声が掛かる。



「なかったことにしないで下さいね。」



ヒュッと吹いた風に、髪を弄ばれながら沙耶は振り返った。




「・・・」



数秒、目が合っても、坂月はいつもの表情を崩さない。



だが。



「俺は本気ですから。あの頃も、今も。」





寒暖差故に、身震いした沙耶の耳に届く坂月の声は真剣そのもので。



あの頃の少年と確かに重なるようになってしまった今。



沙耶の心を激しく揺さぶる。



「っ…」



結局何も言うことができずに、沙耶の方から目を逸らしてしまう。



それを隠すように思いっきりドアを閉めたけれど、坂月は気付いているに違いなかった。



それどころか。



「雨にまた濡れてしまうので、入ってください。それを見届けたら帰りますから。」




車の窓を開けて、いつもの調子で沙耶を気遣った。





「―はい…」







一度離れてしまえば、暗い車内は見えない。



夜間受付入り口に足を掛けた所で振り向き、もう見えない相手に頭を下げてから、中に入った。
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