シンデレラは硝子の靴を
「―大丈夫ですか?」
中に入った途端、その場にへなへなと座り込んでしまった沙耶に、守衛が声を掛ける。
「ちょっと…腰が抜けちゃって…」
気丈に振舞っていたつもりだが、今日一日、なんだかとても疲れた、と沙耶は思った。
「立てますか?」
「あ、すいません…」
守衛の力を借りながら、とりあえず廊下のベンチに座らせてもらう。
「雨、そんなにひどいんですか?」
湿った洋服に気付いたのか、守衛が気遣うように訊ねた。
「雨…」
暗かった外に比べ、明るい蛍光灯が照らす病院は眩しく感じる。
沙耶の思考が一瞬彷徨い。
「ひどかったです…」
漸く質問に答える。
患者さんですか、の問いには首を振って、家族室に向かうことを伝えた。
すると、守衛は姿を消し、少しの間、一人になった。
―こんなことってあるのかな。
石垣と坂月の顔、そしてはっきりとは思い出せないけど少年のはにかんだような笑顔の輪郭。
それが沙耶の頭の中に浮かぶ。
―硝子の靴って、なんだったっけ。
自分の脳のいい加減さに、苛々した。
―どうしてこんなに思い出せないんだろう。
眉間に皺を寄せて考え込んでいると。
「姉ちゃん!」
守衛が気を利かせて呼んでくれたのか、駿が慌てた様子で走ってきた。