京月君、ストーカーなんだって
「お帰り、無雪!」


両手を広げて、さぁ、俺の胸に飛び込んでおいで!、とでも言いた気な京月の隣を素通りする。夜になると秋言えどそれなりに寒いので、開きっ放しになっていた窓を閉めようとした。その時、ふとあることに気がつく。

はっとし、もう一度ベランダをじっくり見たが、やはり干していたはずの洗濯物が、ない。


「………京月」

「ああ、洗濯物ならもう片付けておいたよ!そういえば、新しい下着買ったんだね!可愛かったよ!」

「……テストで問題番号間違えて赤点取った挙句、そのテスト用紙で喉元切って死ね」

「君が望むのなら勿論!」


ばたん!わざと窓を大きな音をたてて閉め、呑気に笑う京月のネクタイを掴んだ。ぐいっとネクタイを引き寄せると、京月の顔が近くなる。


「あのなぁ、京月!何度も言うが、勝手に私の家に入るな!洗濯物を漁るな!ストーキング行為をやめろ!あと、自分の命は大切にしろ!」

「無雪が俺の心配してくれるなんて…!俺、生きていてよかったよ!ありが……あっ!」

「どうした」

「無雪の顔が予想以上に近くて今にもキスできそうだ」


やばい、と思った時にはもう、冷たい唇が私の唇に重なっていた。ジタバタもがき、逃げようとしたが、京月の腕力には敵わず、もう一度深いキスをされる。

爽やかなシトラスが鼻腔を擽る。嫌いな奴なのに、こいつの香りだけは嫌いじゃない。少し…ほんの少しだけ抱擁に心地良さを感じた。


「やめっ、ろ!」
「んっ………やっぱ無雪は可愛いなあ」


顔を離し、口の端の唾液を拭いながら京月は笑う。セルフレームの黒縁メガネと、細く滑らかな黒髪がきらりと光った。思わず顔が赤くなる。なんだか負けた気がして、口からは悪口しか出てこなかった。


「……豆腐の角に頭ぶつけて死ね」

「御所望なら構わないよ。あ、そういえば冷蔵庫に豆腐、あったよね?あれで試してみようかな」

「……」




やっぱり私はこいつが嫌いだ。
< 3 / 4 >

この作品をシェア

pagetop