狂気の王と永遠の愛(接吻)を 【第一部 センスイ編収録版】
XXXⅧ―ⅶ アレスの役目Ⅳ
「で、ですが…っ!!もし彼がキュリオ様不在時に城に攻め込むような事があったら…どう、したら…」
「…アレスちょっとうるさい」
「もっ、申し訳ありません…」
悲壮感を漂わせたアレスは立ち上がったと同時にダルドに叱られ、ションボリと項垂れてしまった。
「ティーダと戦えとは言わない。君の役目はアオイの保護と、彼女の遊び相手…いや、教育係というべきか」
「…ですな。キュリオ様御不在時には儂が城におる。アレスお主は姫様に異変が起こらぬか見守り、お助けする立場にあるという事じゃよ」
「はい、わかりました…」
「それに彼女に付き添うのは君だけじゃない。カイも一緒だ。私は君たち二人にとても期待しているんだよ」
アレスを落ち着かせようとキュリオはその小さな肩に手をのせ微笑んだ。
「…姫様をお守りする重要な役目、本当に私でよろしいのですか?」
「もちろんだよ。むしろ私は君たち以外の適任者はいないと踏んでいる。私の大切な娘をお願いできるかい?」
「キュリオ様…」
(…アオイ様をお守りすることがキュリオ様の助けとなるならば…)
震える小さな拳を握りしめ、アレスは意を決したように表情を引き締めて宣言する。
「畏まりました。このアレス全身全霊をかけて、アオイ姫様をお守りさせていただきます!」
アレスの良い返事を受け、ふっと柔らかい表情を浮かべたキュリオとガーラント。
「…話はまとまった?」
三人の雰囲気から準備が整ったと理解したダルドは左手に魔導書をのせ、ゆっくり立ち上がり再びアレスの前へ歩みを進める。
「あぁ、待たせたねダルド。よろしく頼む」
キュリオの頷きを以てダルドがその右手を魔道書へ翳(かざ)すと…無風の中でバラバラと次々に開かれていくページ。
そして…紫色の輝きが一際美しく光を放っている場所で動きを止めた。
ダルドは取り出した羽ペンで己の名を記し、同じようにアレスへと契約のサインを求める。
「アレス、ここへ君の名を」
「は、はいっ!!」
初めてみる不思議な光景にアレスの目は彼の手元にくぎ付けだ。
「本当によくぞあそこまで…あの魔導書を使いこなせるのはダルド殿くらいのものでしょうなぁ」
目を細めて立派な顎鬚をなでるガーラント。
例えその魔導書の古代文字が読めたとしても、ほとんどが持ち主の言葉に魔導書は応えてくれない。だからこそ長年に渡り、この研究室で眠ったままのものが数多く本棚に収まったままなのである。
"僕は戦えない…だからキュリオと、皆を支えられる男に…なる"
「…それだけ彼の心に固く誓ったものがある、という事だろうね」
キュリオもかつてのダルドの言葉を忘れていない。いくら人型霊獣とはいえ、古代の魔導書が彼に力を貸すほどにダルドの志は気高く清らかなものだったに違いない。
ダルドは下げているバッグの中から持ってきた古木と小さな鉱物をひとつずつ取り出した。
『…汝その姿を変え…主(あるじ)となる"アレス"の力となり、彼を助けよ…』
静寂の中…ダルドの低い声がこだまするように反響し、立体的に浮き出た魔方陣は美しいそれらを飲み込むように取り囲んでいく。
やがてその形が見えなくなると…ダルドはパタンと魔導書を閉じて顔を上げた。
「あとは時間が来るのを待てばいい」
はっと我に返ったアレスは勢いよく頭を下げ、ダルドに感謝の言葉を述べる。
「あ、ありがとうございます!ダルド様!!」
「うん。キュリオ王、次は…」
「あぁ、じゃあ二人ともまたあとで。私たちは一度失礼するよ」
ガーラントとアレスが扉の前までキュリオたちを見送ると、二人は足早に部屋を移動した―――