インセカンズ
もしかしたら、亮祐はこのタイミングでプロポーズするつもりなのかもしれない。緋衣はふと思った。

それと同時に、まるで緋衣の両肩には重石がのせられたかのように、体がずっしりと沈んでいくのを感じる。

2ヶ月前の緋衣であれば嬉々としてその日を待ちわびたかもしれないが、今は手放しに喜べない自分がいる。

幸せへと繋がる道はひとつだけしかない。選ぶべき道は決まっている。これ以上は、何も考えない。そう自分に言い聞かせると、まるで大切ななにかを失ってしまったかのように、身体の真ん中がぽっかりと穴が空いたような虚無感に襲われた。けれども緋衣はそれを気のせいにして、

『ありがとう。予定空けて待ってるね。楽しみにしてる。』

そう亮祐に返信すると、携帯をバックに仕舞った。

揺れに任せて目を閉じ、亮祐の顔を思い描く。

屈託なく笑う太陽のようなその顔は、次の瞬間、安信がベッドで緋衣を見下ろす時の扇情的な顔付きへと移り変わる。

これ以上、困惑させないでほしい。別れ際に安信が見せた表情が頭にこびり付いて離れない。心もとないような、何か言いたいことがあるような煮え切らない顔。いつもの彼らしくなくて気になってしまう。安信を思い出す度、あとどれくらいの言い訳を考えなくてはならないのだろう。考えただけでぐったりしてしまう。

帰ったら、ご飯を食べて、ずっと後回しにしていた洋服の仕分けをしよう。違うことに頭を使えば、余計なことを考えずに済む。

そう心に決めると体も軽くなってきて、駅のホームに降り立ったときには、晴れ晴れした気持ちだった。

緋衣は本来切り替えの早い人間だ。安信との関係は、気の迷いで済ませられる他愛もないもの。始めから、どちらかが飽きれば終わる取るに足らないものなのに、下手に定義を考えてしまったから混乱してしまったのだ。

せめて休日くらいは、誰からも心を脅かされることなく穏やかに過ごしたい。
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