インセカンズ
「……ヤスさんて、仕事では綿密に計画立てるのに、プライベートは直感で行動するタイプなんですか?」

緋衣は、ソファに座ったまま自分の手を引く安信を見上げる。もし一時の感情で盛り上がっているのだとすれば、お互い幸せにはなれない。

「プライベートっていうより、大人の恋愛にはスピードって大事になってくるだろ。ついさっき出来上がったばかりの関係だ。何も、本当に今すぐ区役所に行かなくたっていい。ただ、俺は本気だってことだけ知っていてほしい」

真っすぐ目を当てる安信には、緋衣との掛け合いを楽しむような茶化す様子はない。そのひたむきさに、緋衣の心は揺さぶられる。この人についていけば、間違いない。どこかそう思わせる説得力が、安信の内側に存在している。

「ヤスさんが本当に私のことを考えてくれているのは分かりました。でも、私だって本気です。それと、結婚を焦っているから誰でもいいって訳じゃないことも、ちゃんとヤスさんに分かってほしいんです」

潔く身を引くつもりでいたのは、安信を困らせたくないと思ったからだ。すぐ傍で、自分以外の誰かと幸せになる姿を見たくないと思ったから。

「そんなの、言われなくたって分かってる。相手は俺だぞ。誰でもいいなんて括りにされるような男かよ?」

安信がわざらしく思わせぶりな口調で言った為、緋衣もついいつもの調子でさらりと返す。

「そうでした。全女性社員の憧れの的ですもんね」

「だから、そこは突っ込むとこだろうが、優等生。アズに言われると嫌味に聞こえるんだよなぁ?」

目を眇める安信に、緋衣はやはり素知らぬ素振りで返事する。二人の間にいつもの軽口が戻ってきた。

「だって、嫌味です。大きな猫かぶって王子のふりして、でも本当は下ネタ好きなおっさんなんだから」

「そのおっさんの術中に嵌ったのは誰だよ?」

「人より少しエッチが上手だったから、身体が嵌っただけです」

「ハッ! この期に及んで、しれっとそういうこと言えちゃうんだよな。本当アズは、俺よりタチ悪いよ」

「でも、そんな私に落ちたのはヤスさんですよ」

「そうだよ。惚れた弱みだよ。そういうところも、憎さ余って可愛く思えるんだから相当重症なんだよ。だから、もっと優しくしてくれよ」

安信は、その場にしゃがみ込むと情けない顔で微笑んで、緋衣の頬をそっと手の甲で撫でる。



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