インセカンズ
「例え寝惚けてたとしても、他の男の名前呼ばれるのは俺も初めてだったけど」

安信の視線が痛い。彼は、怒っているわけでも呆れているようでもなかったが、きまりの悪さは変わらない。

「なんか、すみません……」

緋衣が視線を反らすと、安信は溜息を吐く。

「昨日のアズ、帰る途中からちょっとおかしかったからな」

「あの……。ヤスさんを代わりにしたつもりはないです。人肌恋しいっていうのはあったと思いますけど」

夢を見ていたとはいえ、どうして似ても似つかない彼を亮祐と間違えたりしてしまったのだろう。瞼のカーブも顎のラインも、どれ一つとっても違うというのに。ましてや、雰囲気だって全く違う。軽はずみなことをして、罰が当たったのかもしれない。

「愛のないセックスは代償行為だって知ってるか? まぁ、純粋に快楽だけを追求する強かな女もいるけど。アズがどっちかなんて詮索するつもりはないよ。俺もイイ思いしたしね」

安信は、やはりどこか責めているようだった。けれども、お互いに別の相手がいるのは始めから分かっているのだから、緋衣ばかりが非難されるのは筋違いというものだ。

「……ヤスさんにひとつ聞いてもいいですか? 男の人が愛のないセックスをするのは、どんな理由からなんですか?」

馬鹿げた質問に真面目に返してくれるとは思わなかったが、ずっと男性の口から聞いてみたいと思っていた。

「理由? そんなの、ちょうどやりたかった時に目の前にやらせてくれる女がいれば、そりゃやっちゃうんじゃない? イイ女を見て純粋にやりたいと思うのは男の本能だろ。勿論、代償行為ってパターンもあるだろうね。こういうのは、男も女も関係ないんじゃないか」

本能で片付けられるなら、許せるなら、誰も悩んだりはしない。大切な相手がいるのにどうして簡単に浮気ができるのかを知りたいのだ。知ったところで、緋衣自身が恋人を裏切ってしまったのだから、今さらこんな話をしたところで無駄に思えてしまうが。
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