インセカンズ
重い体を引きずるようにして洗面所に辿り着いた緋衣は、鏡に映った自分の顔を見て、思わずきゃ!と声を上げてしまった。

「どうしたアズ? 季節外れのヤツでも出たか?」

リビングにまで漏れ聞こえてきた悲鳴に安信が駆け付けると、緋衣が困惑気味に振り返る。

「ヤスさん……。私、昨日相当酔ってました? 飲んで記憶がないって今までなかったんですけど、いつメイク落としたんですかね?」

緋衣は恐る恐る尋ねてみる。

「ああ、なんだ、脅かすなよ。それやったの俺だから。アズ、ちょうどお肌の曲がり角あたりだろ? うちにメイク落としシートあったから、それで」

「……なんでそんなものが?」

安信の言葉の中に違和感があった事に気付き、その疑問を素直にぶつける。すると彼は、

「なんでだろうね……?」

と、空惚ける。どう答えても同じだと思ったのか、彼は敢えて言い訳をしなかった。

「今のは野暮な質問でした。一瞬、夢遊病でも発症したのかと思って」

「ああ。ちゃんと俺の隣りで眠ってたけど、寝言は言ってたよ」

安信はドア枠に寄りかかって腕組みをすると、緋衣を見据える。

「えっ?」

「寝言っていうか、メイク落としてやってる最中にアズ一瞬目覚ましてさ。俺見付けるなり、リョウスケって呼んで微笑んで、暫く抱きついて離れなかった」

緋衣は、思わず言葉を失う。言われて、夢の中で亮祐が出てきた事を思い出した。

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