インセカンズ
「よう、アズ。お疲れさん」

電話を通してだと、安信の声はぐっと色気を増す。緋衣は、最近になって、ミチルが言っていた事を理解した。

「お疲れ様です。さっきの、怒ったんですか? ヤスさんが変な事言うからですよ」

「シンプルな疑問を投げ掛けただけだ」

「じゃあ、どう答えるのが正解だったんですか?」

「そんなの、『噂なんて、嘘だよね? 今すぐ会いにきて』しかないだろ」

冗談だとしてもしれっと言ってくる安信に、緋衣は一瞬考える。

「……私とヤスさんって、そういう間柄でした?」

神妙な面持ちでそう言った緋衣を想像したのか、安信は笑った。

「冗談だよ。アズはそんなこと言えるキャラじゃないもんな」

「分かっているなら、例え冗談でも要求しないでくださいよ。でも、いいんですか? 嘘なら嘘でちゃんとしないと噂で傷付く人もいますよ、きっと」

「そもそもが社内の噂そのまま100パー受け取る奴がいるのかよ? いるとしたら、よっぽど暇人だ」

「それでも殊にヤスさんの事になれば、違ってくるもんですよ」

他の社員の噂ならともかくとして、安信の話ともなれば誰もが食いつくのは仕方ない事だろう。それだけ彼は特別なのだ。

「本当の事は、知っていて欲しい人だけに知っていてもらえればいいだけだ。そう思わないか? って、なんか今の俺かっこよくね?」

真面目に言ったかと思えば茶化すのは、口にした本人が面映ゆくなったからだろうか。それともいつものノリだろうか。緋衣にはなぜか言い訳のように聞こえて、複雑な思いになる。安信が弁解しなくてはならない相手は緋衣ではない。わざわざ電話を掛けてきて、緋衣の反応を確かめたかったのだろうか。単に何も考えてないだけだとすれば相当性質が悪い。

「そうかもしれませんね。ところでヤスさん、貰った電話で恐縮なんですけど、ちょっと仕事の話してもいいですか? ヤスさんて、――会社の遠藤さんってご存じですか? その方が――……」

特に急ぎの用件でもなかったが、緋衣はさりげなく話題を変える。

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