ぼくたちはあいをしらない
 それから、さらに数日が過ぎた。
 茂は落ち着かない様子で分娩室の前をウロチョロする。

「もう、別に茂の子どもじゃないんだから落ち着きなよ」

 みゆきが、ため息混じりにそう言った。

「でも、なんか緊張しちゃって……」

 茂の言葉に柾が、言葉を放つ。

「そうだぞ。
 来島の弟か妹になるかもしれないんだ。
 これが落ち着いていられるかっての」

 それを聞いた静香もため息をつく。

「ゆかりさんは、しっかりした人だから大丈夫だよ。
 きちんとシンママやってくれる」

「そういう意味じゃなく。
 弟分、妹分ができるって意味で中居は言ったんじゃないのか?」

 達雄が、そう言うとみゆきがゆっくりと言葉を流す。

「それでも不謹慎だよ。
 私たちの弟か妹になるってことは捨てられるってことなんだからさ……」

 女子の意見の男子の意見が別れる。
 そして沈黙が流れる。

「おいおい。
 こんな所で、喧嘩している場合か?」

 百寿が、そう言って南と共に現れる。

「百寿さん……」

 美楽が百寿の方を見る。

「お前らも止めろよな」

 百寿が、そう言うと忠雄が言葉を放つ。

「だって面白いじゃないか。
 子ども会議、なかなか見ていて楽しいものだ……
 一、お前もそう思うだろう?」

「僕は別に……
 って、あ……」

 一がそこまで言いかけたとき、分娩室のランプが消える。

「あれ?
 赤ちゃんの泣き声聞こえなかったよね……」

 みゆきが、心配そうに声を出す。

「……うん」

 茂がうなずく。

 すると暫くしてから医師が出てくる。

「赤ん坊、産まれたのか?」

 百寿が、その医師に尋ねる。

「単眼症でした」

「え……?」

 南が聞きなれない言葉に首を傾げる。

「目がひとつしかないのか?」

 しかし、百寿は違ったようだった。

「はい。
 日本では、珍しい病気です……
 恐らくそう長くは……」

 医師が、つらそうに言葉を出す。

「そうか……
 で、ゆかりさんは?」

 百寿は、心配そうに医師に尋ねた。

「今、分娩室でミルクをあげています。
 恐らく、それが最初で最後の……」

「そうか……」

 百寿が、ため息を漏らす。

「そういうのってエコー検査とかで事前にわかっていたんじゃないのか?」

 忠雄が、そう言った。
 日本では、単眼症のような奇形児とエコー診断で判断された場合、多くの場合中絶し降ろすことが多い。

「わかっていて、ゆかりさんは産むことを決意したんだ。
 わかっていたが、つらいものだと思う。
 さぁ、お前たち道徳の時間だ。
 お前たちなら今のゆかりさんにどう言葉を掛ける?」

 百寿が、そう言うと茂たちは言葉を失った。

 何を言ってあげればいいかわからない。
 それが茂たちの心にあった答えだった。
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