水平線の彼方に( 上 )
Act.12 再出発
「十五回目」

佐野さんの言葉に振り向いた。

「花穂ちゃんの溜め息の数。さっきから数えてた」
「えっ⁉︎ 私…そんなについてましたか⁈ 」

確かに一、二度は覚えがあるけど…。

「どうしたの?何かあった⁈ 浮かない顔してるよ」

自分に失恋した相手に、またしても心配かけている。

「すいません…。何もありません。気をつけます…」

綺麗な花の前で浮かない顔。一番してはいけないことなのに…。

「やっぱり…話してくれる訳ないか…」

佐野さんが残念がる。
ごめんなさい。ノハラのことだから話せない…。

「はぁ…」

またしても出る。ハッ!として口を抑えた。横目で佐野さんを確認。

(良かった…見られてない…)

ホッとして、冷たい水に手を浸ける。こうして緊張するような仕事をしているうちは、何も考えないからいいんだけど…。

「はぁ…」

気を抜くと、溜め息ばかり出る。
胸がドキドキして、何かにつけ思い出す。あの香り…。

(ノハラが悪い。あんな事するから…)

気持ち切り替えようにも切り替わらない。頭の中が彼のことでいっぱいで、どうにもスイッチがオフにならない…。
完全に恋している自分が情けない。
こんな調子で、どうやって彼を見送ればいいのか…。


ノハラが沖縄へ行くまであと一週間。
恩師に会って、萌さんのお墓参りをして、踏ん切りつけたいと話していた。

(私は…)

またしても置いてけぼりなこの感じ。
前に進んでいるのは彼だけのような気がしてしまう。

(私は…どうやって前に進めばいい…?)

時間だけは経った。
新しい恋も知った。
なのに、気持ちが後退して行く。
好きなのに、好きと言いたくない。会いたいのに、会いにいけない。
妙な感じ。
素直になれない。だから…

「はぁ…」


「…花穂ちゃん、真悟と何かあったんだ⁉︎ 」

両手に花バケツ抱えた佐野さんが、通りすがりに聞いた。
花男子…そんな言葉が頭に浮かんだ。

いえ、別に…
とは言えないな。これだけ態度に出ていたら。

「………」

無言になる。
そうしなくても、気づかれているけど…。

「やっぱりそうか…。どおりで、心ここに在らずだと思った」

困り顔。すみません…としか、言いようがない。
ゴホン‼︎ わざとらしく咳払い。上司らしく、厳しく注意を受けた。

「何があったか知らないけど、仕事の手は抜かないように!」

分かった?と、渋い顔。

「はい…抜きません!」

そう言った手前、気を引き締めて仕事をしたからか、その後はあまり、溜め息も出なかった。


店を出て、駐輪場までの道を歩き出す。
秋の陽はとっくに落ちていて、辺りは暗くなり始めている。
ここよりも南に位置する沖縄の夕暮れは、いったいどんな感じだろう…。

(十一月の沖縄って、寒いのかな…)

行ったことのない場所。そこへ行くノハラ。
亡くなった恋人のお墓の前で、何を話すのか…。

(萌さんって、どんな人だったんだろう…)

知りたいことがどんどん増える。
ただの同級生でいた時は、何を聞いても、思いはしなかったのに…。

(何年経っても忘れられずにいられる程、魅力的な人だったのかな…。あのノハラが好きになるなんて…)

結局、ずっと考えている彼のこと。
こんな事なら、友達のままでいた方が良かった…。

(友達か…)

今更だな…って思う所に、砂緒里から電話が入った。

「一緒に夕飯食べない?今日一人なの…」

平井君は出張。丁度いい。話したかった。

「いいよ!どこ行く?」
「『とんぼ』行こっ!久しぶりに飲みながら話そっ!」
「オッケー!じゃあ一度家に帰ってから向かうね」
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