水平線の彼方に( 上 )
Act.13 妖精
ノハラが佐野さんの店にやって来たのは、沖縄へ出発する前日。一人で店番をしている時だった。

「よぉ!」

いつものように声をかけてくる。
分かってはいるけど、やっぱり意識する。

「どうも」

無愛想になった。恥ずかしいのを隠すからだ。

「愛想ねぇな。花屋なのに」
「ほっといて」

(誰のせいだと思ってんの…)

ムッとするのを見て口元が笑う。
何もかも見通されているような気がして、妙に気恥ずかしい。

「オレ…花穂に頼みがあるんだ…」

切り出された言葉に驚いた。

「沖縄行ってる間、時々でいいから温室の様子見に行ってくれないか?ついでに世話もしてもらえると助かる」
「…私でいいの?お母さんに頼めば?」

プロだし…という思いで聞いた。

「親には頼りたくない。だから花穂に頼んでるんだ」
「…ふぅん、そう…」

極力親には迷惑をかけたくないと思っている。特に、沖縄に関係することはそうなんだろう。

「いいよ。私で良ければ。出来るだけやっとく」
「サンキュー、助かるよ」

ホッとしている。断ったら誰に頼むつもりだったのか…。

「その代わり、お土産よろしくね。あっ…!泡盛は嫌だからね」

いつかの酔っ払ってしまった日のことを思い出した。
ノハラも同じだったらしく、笑いを噛み締めた。

「花穂に酒は買わねーよ」

こっちこそ懲り懲りだといった顔。漂う空気が、いつもの二人に戻っていた。

「じゃあ頼むな」
「気をつけて。楽しんで来て」

手を上げ、去って行く後ろ姿を見送った。

ノハラはきっと、戻って来る…。

それを信じて、手を振り続けた……。
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