嘘恋







「シオン…?」











どうして…シオンがここにいるの?








それにしてもこの状況はさすがにまずい。







あたしは成瀬を抱きしめている。



シオンの目は動揺を隠しきれていない。








いつからいたの?






こんなところ、シオンに見られるなんて。









長い沈黙。



きっと誰もこの状況についていけてないんだと思う。








その雰囲気の中、口を開いたのは成瀬。









「…っほんと。大丈夫か?」








「え…?」







あたしの手を自分から離した成瀬は心配そうに顔を覗き込んできた。









「たまたまここ通ったから支えれたけど。次から気をつけろよ?」








「え?あ…うん」









…そっか。







これはあたしとシオンの仲をこじれないようにするための




あたしのためについた



彼の優しい嘘だ。













「えーっと、彼女とはさっきたまたま会っただけで俺はもう帰るところだから。誤解させたなら悪かったな」








それは、シオンに向けられた言葉。







成瀬は




笑顔がうまくなった。






それだけのことが


なんだか、彼を遠く感じる。











「じゃ、俺いくわ」








成瀬があたしの横を通り過ぎる。




そして、後ろ姿が闇の中へと吸い込まれていく。







この光景、夢でみた。






あの時と同じだ。




彼はあたしから離れていって
そして、あたしは泣き叫ぶことしかできなかったあの夢。





そして、後悔した。





でも、いまは夢じゃない。









…ー現実。











「っ成瀬!」







声と同時に地面を蹴る。



追いかけなきゃ成瀬がまたいなくなってしまう。



また見失っちゃう。




追いかけないと…ーっ。







「香奈っ!」





すると
シオンの手があたしの腕を掴んだ。








「…っ離して!」








「なんで追いかけるんだよっ」







「早くしないと行っちゃう!」









「香奈!」










はっと気がついてシオンを見上げた。





あたし…。


シオンが傷つくこと平気で言った…。












するとぎゅっと抱きしめられた。




痛いくらいに強く。








「ねぇ、行かないで…」







「っ…シオン」







「行くなよ…」







絞り出すようなかすれた声。










…あたし、最低だ。




シオンの気持ちも知らずにあんなに必死になって、彼の手を振り払おうとした。



成瀬しか見えてなくて、彼の気持ちを踏みにじった。






彼のまっすぐな思いを。









「シオン…あたし、シオンが好き。…だいすき。一緒にいて切なくなるくらい幸せだった」







あたしも彼の背中に手を回す。






「それは今も変わらない。」








あたしはシオンに愛されて幸せだよ。



いろんな所に連れて行ってもらって
たくさんの初めても体験して



…年下なのにあたしなんかより全然大人っぽくて。








ううん、もしかしたら
シオンなりに無理していたのかもしれないね。









「ねぇ、シオン。あなたはすごく優しくて暖かくて。きっとこれからたくさんの人に愛されると思う」








「いやだっ」







「あたしなんかじゃなくても、あなたは幸せになれる」








「やだ…」





こんな理由で、離れようとするあたしを許してください。




ほんとはわかってる。


あたしといることがあなたの幸せだということを。






溜まっていた涙が流れた。


そしてクリアになった視界には満点の星空が見える。









そう




あなたは
あたしなんかにはもったいないくらい



輝いていて。



真っ直ぐで。







こんなに純粋なシオンならきっと大丈夫。








「だからね?あたしなんかといちゃいけない。こんなあたしじゃ…シオンはっ」








「んなことねぇよ!…もったいないとかいまさらなんだよっ。いまさら…」








ふいに、初めて出会った時を思い出した。


お互いに過去の話をして、傷ついたねって語り合ったあの日のこと。





今思えば、あたしは彼の元カノと同じことしている。

最低な女。






「ねぇやだよ…」







シオンは何も悪くないのに

傷つけてばかりで、泣かせて
なにしてるんだろうね。


ほんとに自分に腹が立つ。





傷つくべきなのはあたしなのに。






だけど後悔だけはしたくないの。

あたしはやっぱりあの人じゃなきゃダメみたい。





最低なの、自分でちゃんとわかってる。

あなたのこと、たくさん困らせて、たくさん振り回した。







「…シオンは、いつも優しかったね。中途半端なあたしをいつも励ましてくれたね。こんなあたしを愛してくれて…ありがとう」







必死に、あたしを繋ぎ止めるように首を振る彼をあたしはもう抱きしめられない。








そっと手を離して彼の体を押した。








「だからお願い。離して…」









「…俺は、必死だった。いつでもお前の事ばっかり考えてた。歳下だからってガキだって思われないように大人ぶって、がんばってた…」







「うん」







「俺は一度もお前のことを迷惑なんて思ったことはない。今だって離したくない。どこにも…行かせたくない」








「んっ…」








「……でも、お前がそれで幸せになれるなら俺は何も言わない。愛してる人の幸せを願うよ。…だから俺を突き放して」









「…シオン」









「俺…この手離せねぇもん。」





無理に作られた笑顔の目には涙が溢れていて。









ねぇシオン。




あたしはあなたに
なにかあげられたのかな。



自由気ままで、ワガママで
振り回してばかりじゃなかった?






どうしてこんなにもあたしを愛してくれるの。




他の誰かを想っていても
どうして弱音も吐かずあたしを想ってくれてたの?









…残酷だね。







こんなの…切なすぎるよ。








「シオンっ…」








少しの力じゃ、シオンの手は解けない。





思いっきり振り払うしかないんだ。










歯を食いしばって。









思いっきり彼の手を振りほどいた。








そして、走り出す。










涙がとめどなく溢れて、あたしの頬を濡らす。









振りほどいた時に残った体温がが、あたしの心にじんわりと滲む。








これは、あたしの罪。




そして、一生背負う代償。








シオンの顔を見ることなんてできなかった。





できるはずもなかった。












ほんとに愛してた。


ほんとにほんとに、愛してました。






迷惑ばかりかけてごめんね。

心配ばっかりかけて、泣いてばっかりで





あたしはあなたにいつも支えられていたね。








忘れない。






絶対に、忘れないよ。











そして、暗闇の中に見えた後ろ姿。







ゆっくり歩く彼は、あたしが来ることを望んでいたんだろうか。








「…ー成瀬!」











< 120 / 136 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop