躊躇いと戸惑いの中で


「昨日は、河野が連れまわしちゃってごめんね。大丈夫?」
「はい。平気です。というか、碓氷さんが謝ることじゃないですよ」

ま~、それはそうなんだけれどね。

言われて、苦笑い。

「仕事は、どう?」
「楽しいですよ。新譜の発注なんて、見てるとワクワクします。自分が買うわけでもないんですけど、ちょっと好みが出たりしますよね。あ、けど売れ筋とか固いところは、ちゃんと見極めてますから大丈夫です」

後半は、慌てたように言い添えている。
けど、本当に好きなんだなって言うのが伝わってきた。

これは、河野でも、本社に引っ張るのは手こずるかも知れないな。

「乾君は、二日酔いがないみたいだね」
「え? ああ、はい。平気です。僕、意外と強いみたいなんで」
「それは、よかった」

私なんて、しんどくてどうしようかと思ったけどね。
社長に頭下げた時なんて、リバースするかと思ったし。

「碓氷さんは、平気ですか?」
「え? 私?」

「はい。なんだか、少し疲れているように見えるので」
「そう? 平気よ」

新人を目の前に、二日酔いで一日しんどかったとは言えないよねぇ。
中間管理職の威厳? てやつ。

「じゃあ、私はこれで」
「え? もう帰るんですか?」
「うん。あれ、なんか他に用事ある?」

乾君の安否も確認できたし、備品で頼まれた物もなかったと思うけど。

首をかしげていると、乾君がじっと私を見続けるから、なんだか心が落ち着かなくなる。

「えーっと……。何か頼まれごとでもしてたっけ?」

昨日の酔った勢いで、何か余計なことでも口走ってしまっただろうか。
そんな記憶は全くないけれど。


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