孤高の貴公子・最高責任者の裏切り
12月

12/1 立ち位置


 更に半年が過ぎた頃、椎名が普通であることが普通になり、修理センターも見違えるほどにななった頃の、定例マネージャー会議の日。

 資料、準備などは全て自分でできるようになり、先に1人作業をしていた定刻15分前。

「おう」

 と、現れたのは、棟方だ。いつも早く、用意できていない物があれば先に言ってくれるが、それも最近ではほとんどなくなった。

「お疲れ様です」

 言いながら、資料をまず棟方の机に置き、続いて須藤の席に置こうとしたところで、

「椎名どうよ」

と、聞いてきた。

「あ、はい。別人みたいです。でも、春野さんは昔に戻っただけだって言ってました。本当によくしてくれるので、私も春野さんも本当に助かっています」

「アンケートハガキや口コミで修理センターがよくなったってきてる」

「ホントですか!? 良かったですー」

 ほっとして、机に目をやった瞬間

「と同時にお前は何やってんだって話になる」

「……」

 思いもよらないことを言われて固まった。

「椎名には気をつけろ。ただの女じゃねーよ。あいつは」

「それってどういう……」

「……ま、それはお前がどっち見て何してるのかにもよるが」

「……」

 意味が深すぎて分からない。

「意味が……」

 といいかけたところに、波子と美登里が入ってきたので慌てて用紙を渡した。

「山瀬、お前はよく頑張ってる。これからも頼むよ」

 あまり世間話をしたこともない美登里がこちらを見ずに突然そう言った。

「え? ……ありがとうございます」

としか言いようがない。

「何だよ。前後もなく、そんなのはいつものことだろ。俺はいつもそう思ってそう言ってる」

 確かに、波子はそういう人だ。

「あ……はい、ありがとうございます」

「お疲れ様です!」 

  数人が声を合わせたので、戸口を見た。既に須藤が入ってきている。

「おつ……」

 何かを予感したせいで声が止まってしまった。

 ほほ笑む、椎名が須藤の後ろにいる。

「椅子を一脚」 

 言われて気づいた頃には、棟方が予備の椅子を机のところまで持ってきてくれていた。

 そしてそれを、須藤の隣に置く。

「す、すみません……」

 それしか言葉は出ない。

「それでは、定例会議を始める。

 まずは人事異動だ」

 まさかの一言が頭をよぎる前に、

「椎名サブマネージャーだ」

 椎名の顔を見ずにはいられなかった。しかも、その表情は、自信に満ち溢れていた。ああ、この人は本当はこんな顔をするんだと思った。

「正式には来月からだ。辞令は来週出る。

 前々からインテリア雑貨を強化したいと考えていたが、どうしても男ではそのセンスが欠ける。そこで、女性のサブマネージャーをずっと探していた。彼女には波子サブマネと協力してって欲しい。その上でフロア拡大も考えている。

 椎名、一言」

 すっと椎名は立ち上がり、自然に挨拶をする。まるで、ずっと前からそこにいたかのような、滑らかさだった。

「椎名の代わりの社員は急遽新人が来ることになっている。

 それから、食品フロアチーフが今週限りで退社になった。元々は、新しいチーフが落ち着くまでフォローしてくれる予定だったが、事情が変わった。

 先月の異動で発表された通り、新しいチーフは来月初めから輸入会社のバイヤーの人がヘッドハンティングで来ることになっている、つまり、事実上中身を知る権限者がいない。

 山瀬」

 名前を呼ばれると思っていなかった山瀬は須藤と目が合い、驚いて返事をした。

「修理の方は今日限りだ。来週からは食品フロアチーフのフォロー、兼サブマネージャー補佐だ」

「はい」

 返事は一つしかない。

「それから、来月北海道の新店記念視察会がある。そこで、秘書業務を遂行するように」

「はい……」

 棟方の視線を感じたが、それどころではない。

「修理のチーフは?」

「他店より異動で来る。入社4年の男性だ。評価も高いし、春野の下につけても大丈夫だ」

「……」

 それ以上、誰も何も言わない。

「新しくサブマネージャーに就任した暁に食事会でも持とうと思う。

 山瀬」

「はい」

 目が合っている。とりあえず、3秒考え、

「駅前の和食亭、11月最後の木曜日午後7時からでおさえましょぅか?」

「………、その日取りなどは改めて考える。自由参加だし、休日の者は参加しなくても良い」

 珍しい答えだ。何かワケがあるのか……。

 と、思考はそこまでにとどめ、メモだけしておく。

「それでは、解散」

 頭を上げる暇もなく、終わる。皆がぞろぞろ出て行き、数分経ってから溜息と共に両手を真ん前に伸ばした。

「あー……今日本社便だ……」

 仕事は永遠に減らない。

「俺のはもうできてる」

「うわっ!!!」

 思わず放った。

「いたんですか……」

「いちゃ悪いかよ」

「いえ……すみません」

「それにしても、毎度毎度大変だな」

 棟方は、棟ポケットに手をやりながら言う。煙草が欲しいが、ここではやめておこうということだろう。

「まあ……でも、秘書の方は一時的なので。それより食品の方ですよね」

「最近ちょっと荒れてるからな。しんどいぞ」

「え、荒れてるって……」

「まあ、とりあえず修理の方片付けてからだな」

「春野さんがいるし、大丈夫だと思います」

「まあな、けど、春野に迷惑かけねーようにしとけ」

「はい……ああ……」

 山瀬は、とりあえず立ち上がったが、なんだか、色々ありすぎて、身体が固まってしまう。

「……ショックだったか?」

「え?」

 思いもよらない言葉をかけられて、止まった。

「椎名の件」

「え、いや、別に……。ショックじゃないです」

「じゃあ、どう思った?」

「うーん、椎名さんが満足そうだったし、須藤マネージャーの意向ならそれで……」

「悔しい、とかねーの?」

「……いや…、悔しいってどういう意味で?」

「ねーんならいいわ」

「……」

 話を途中に棟方は出て行きそうになる。だが、戸口の前で立ち止まって、

「お前自身どうだったんだよ。サブマネージャー補佐兼、秘書兼、食品チーフフォロー」

「うーん、でも。サブマネージャー補佐もだいぶわけがわかるよようになってきたので、どうにかしたいとは思います」

「……。単に興味あるから聞くだけだけど。

 サブマネージャーになりたいと思ったことは?」

「……いえ……特には。私は、会社の方針で動きたいとは思ってますけど」

「須藤マネージャーの言うことだから?」

「まあ、直訳したらそうかもしれませんけど、須藤マネージャーに翻弄されると椎名さんにようになると思います。悪いことじゃないけど、自分を見失いそう」

「ありゃ、悪い例だ」

 棟方は、前を向いたが、山瀬は続けた。

「私、仕事が好きですから……。単純に」
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