孤高の貴公子・最高責任者の裏切り
1月
1/15 強敵
1月に入り、制服が新しく支給された。今までの修理の時とは違う、この店に2人しかいないサブマネージャー、サブマネージャー補佐用のワンピーススーツスタイルだ。
それでも、サブマネの椎名は他のサブマネのネクタイと同じ深紅のスカーフ、サブマネ補佐はチーフと同じ青のスカーフと区別されている。
椎名はそれまでと全く違った別人のように仕事をし始めた。どのサブマネージャーよりも手がかからないし、むしろ補佐の仕事を減らしてくれているようで、嬉しかった。
1人増えたが結局仕事分は変わらないので、食品もなんとかなりそうな気がしていた。そのどドアを開けるまでは。
「あ、お連れ様です。山瀬補佐」
ドアの前で頭を下げ、その顔が上がるなり見入ってしまう。優し気に揺れるパチリとした二重の瞳に、白い肌に浮いた桃色の頬、形の良い唇は手を伸ばしそうになってしまうほど印象的で、何度見つめても飽き足らない。
その顔の前では目を逸らすことすらできないほどに美しい。
「あっあ、お疲れ様です!」
自分の視線が不審なことにようやくに気づいて、慌てて目の前の女性に頭を下げた。
彼女の足元は、ヒールの低いパンプス。それが更に好印象を持たせる。
スカーフの色は水色、サブチーフの香月だ。一度挨拶と世間話を少々したのに、まだその美貌には慣れない。
「制服が新しくなったって聞きましたけど、素敵ですね」
お姉さま方には嫌味も言われたが、香月の場合はそうではないと分かる。
「あ、ありがとうございます」
こんな美しい女性に褒めてもらえると思うと、気恥ずかしい。
山瀬はそれを隠すようにドアに手をかける。
「あ、すみません」
香月の社内用携帯電話が鳴って、少し離れて話始める。電話が終わるまで待とうかどうか待っていると、微かに中から2人の声が聞こえた。
「それにしても、重要な管理職に女性をつけるとは、さすがですね、この店くらいだとか」
「ありゃマネの言いなりですよ。頭は色んな意味で切れますからね。近づかない方がいい」
「…へえ、それは椎名さんという方の方ですよね? もう1人の補佐の方は…まあ、今日から来られますけど」
「あんな補佐なんてね、名前だけですよ。用はマネやサブマネのおもちゃ、スカート履いてちらちら走ってるだけ。上は何を考えてるのか知りませんけど、大体補佐と色々兼用してるってことは補佐なんて必要ないも同然です」
「まあ、昔はなかったみたいですけど……」
「優秀だったらそっちをサブマネにするでしょ!? 補佐ったって適当にコピー取らせて、商談だだと2人で出て行って時間つぶして帰ってきてるんですよ。どうせ。だからあの枠は入れ替わりが激しいはずですよ。今に見ていてください。碌なもんじゃない」
「……はあ……」
「今日食品に来たってすることないってはっきり言っとかないといけない。チーフの手伝いに来るくらいならいない方がマシですよ。
私はここがオープンした時からいます。食品は初めてでですが、日用品は長いです。他店ではサブマネもしていました。なのになんであんなのをよこすのか……まあ、暇なんでしょうよ」
「……まあ、僕もチーフでありながら何も分からないわけですし、1人でも人数が多い方が助かると思いますが」
「まあ、邪魔にならなけりゃそれでいいですよ」
戻った香月がすぐにドアを開けた。
「おはようございます、山瀬さんもいらっしゃってます」
おずおずと入っていく。笑顔で挨拶をしようと思ったが、
「最初に言っとく。あんたが来たってすることないんだ。とにかく、みんなの邪魔をしないように仕事をすればいい、することがあれば、だが」
「……」
固まって、声が出なかった。
「まあまあ、あ、僕はチーフの木岡です。こちらは、赤坂さん。僕は他社からきたばかりだし、赤坂さんは日用品は長いですが、食品には来たばかりだし、香月さんもサブチーフになりたてでしかも、入社して間がないので、いてくれると大変助かります」
「いつまでここと言われているんですか?」
赤坂はじろりと睨んで聞いた。
「えっと……ここが落ち着くまで、と須藤マネージャーからは」
「あー、もうそしたら今日限りで大丈夫です。もう既に落ち着いてますから。木岡さんは初めてだだとしても、香月さんは入社してしばらく経っているし。気にすることはありませんよ」
「いえ、僕はまだ落ち着いてはいません。その判断は僕がします」
「……」
言葉を失って俯いているしかなかった。
香月の気配も感じるが、さすがに言葉が出ないようだ。
「山瀬サブマネージャー補佐官は、そもそもはサブマネージャーの補佐が仕事です。これだけの規模の大きさのサブマネージャー5人の補佐というのは仕事量は半端ないと思います。その中で食品にも気を配っていただけるのなら、ありがたい。時間がない時は電話やメールでも構いませんので、フォローいただけたらと思います。結構連絡することがあるかもしれないので」
最後の少し笑った木岡の声に救われた。
「はい……」
「ところで、秘書業務とやらで北海道へ行く話を耳にしましたが」
赤坂が切り込んでくる。
「……来週は北海道の新店視察会があり、それに同行します」
「ほお、お忙しいようで。サブマネならず、マネの方までとは。さぞ具合がよろしいんでしょうな」
「赤坂さん、おっしゃりたい意味が分かりませんよ」
木岡が厳しく制してくれたが、涙が溢れてすぐに落ちた。
「……」
ただ一生懸命言葉を出す。
「精一杯やりますので、よろしくお願いします」
きちんと頭を下げた、なのに。
「結構」
「赤坂さん、いい大人に言いたくはありませんが、目上の方に対する態度ではありませんよ。年齢は山瀬さんの方が倍ほど下でしょうが、彼女はあなたの上司に当たります」
「だから何ですか。この会社の階級制度もそろそろ廃止の動きが出ています。そしたら、そんな上下関係などないも同然ですよ」
「いえ、どこでも上下関係は存在します。例え階級制度が廃止されたとしても、その言い方や態度は社会人がとるべきものではありませんよ」
木岡の声にほっとして顔を上げたのがまずかった。赤坂は顔が上がったこちらを見つけるとすすぐに、
「我々はあなたにお相手していただかなくても、十分であります」
そしてそのまま出て行く。こんなところで泣いたら、みんなに迷惑がかかる。そう分かっていたのに、床はどんどん濡れていく。
ふと、腕時計の時間に気づいた。10時40分。今から会議の準備をしなければならない。
準備は主にできているが、先に行って待っていなければならない。
「……」
黙って振り向き、すぐにドアに手をかけた。
「山瀬補佐官、さっそくお願いしたいことがあるんですが」
声をかけてくれた木岡が慰めようとしてくれていることが分かる。たが、
「これからマネージャー会議がありますので」
私にはやらなければならないことがたくさんある。
何とか会議には参加したが、座っているだけだった。運よく何も聞かれなかったし、無言のまま終えることができた。
「解散」
を合図に全員出て行く。その後ろ姿を見て思った。一緒に仕事をしているとは思われていない。
「山瀬」
「はい」
須藤に呼ばれて我に返ったが、言われたのは北海道についての差しさわりのない話だった。
北海道に行くのは他店のマネージャーも一緒なので2人きりではない。だが、行くことで、嫌なイメージを避けることはできない。そう直感する。
サブマネージャー補佐に、チーフフォローに、秘書に……急に身体が重くなる。
須藤の後ろ姿が急に憎らしくなった。
あれも、これも、それも、どれも中途半端になることは自分でも感じている。分かっている。
「そういや来週は北海道だったな」
気にした棟方が話しかけてくれる。
「…そうです…。お土産、何買おっかな」
今はどうでも良い話に限る。
「店には買ってくんなよ。お前、今敵多いんだから」
「……」
見上げた。
「赤坂には会ったか?」
「さっき……」
「あの人もだいぶ年とったからな。口開くと碌なこと言わねえ」
「すっごい言われましたよ、嫌なこと! サブマネージャーやマネージャーの相手してるんだろって。商談の時は2人で暇つぶしてるだけとか、食品には来なくていいとか…北海道ではマネージャーの相手するんだろって……。
だから……北海道……行きたくないですけど……」
「行きたくなければ、来なくていい」
須藤の声に驚いて振り返った。
「………」
次いで、棟方の顔を見た。棟方の位置からは須藤が見えていたはずだ。止めてくれたらよかったのに……。
だが、棟方は須藤の姿を見、溜息をつくと、
「北海道には行け。赤坂のおっさんは自分がどんどん位を落とされてひがんでるんだよ。お前がちゃんと仕事してるってことは、ここの皆が知ってるから。下の奴らが知らないのは、お前と関わりがないからだ。でも、関わる必要はない。いいんだよ、それで。上に評価されてるのが正しいんだから」
それは違うような気がしたが、今は黙っておく。
「いいな? 白い恋人買って来い」
それでも、サブマネの椎名は他のサブマネのネクタイと同じ深紅のスカーフ、サブマネ補佐はチーフと同じ青のスカーフと区別されている。
椎名はそれまでと全く違った別人のように仕事をし始めた。どのサブマネージャーよりも手がかからないし、むしろ補佐の仕事を減らしてくれているようで、嬉しかった。
1人増えたが結局仕事分は変わらないので、食品もなんとかなりそうな気がしていた。そのどドアを開けるまでは。
「あ、お連れ様です。山瀬補佐」
ドアの前で頭を下げ、その顔が上がるなり見入ってしまう。優し気に揺れるパチリとした二重の瞳に、白い肌に浮いた桃色の頬、形の良い唇は手を伸ばしそうになってしまうほど印象的で、何度見つめても飽き足らない。
その顔の前では目を逸らすことすらできないほどに美しい。
「あっあ、お疲れ様です!」
自分の視線が不審なことにようやくに気づいて、慌てて目の前の女性に頭を下げた。
彼女の足元は、ヒールの低いパンプス。それが更に好印象を持たせる。
スカーフの色は水色、サブチーフの香月だ。一度挨拶と世間話を少々したのに、まだその美貌には慣れない。
「制服が新しくなったって聞きましたけど、素敵ですね」
お姉さま方には嫌味も言われたが、香月の場合はそうではないと分かる。
「あ、ありがとうございます」
こんな美しい女性に褒めてもらえると思うと、気恥ずかしい。
山瀬はそれを隠すようにドアに手をかける。
「あ、すみません」
香月の社内用携帯電話が鳴って、少し離れて話始める。電話が終わるまで待とうかどうか待っていると、微かに中から2人の声が聞こえた。
「それにしても、重要な管理職に女性をつけるとは、さすがですね、この店くらいだとか」
「ありゃマネの言いなりですよ。頭は色んな意味で切れますからね。近づかない方がいい」
「…へえ、それは椎名さんという方の方ですよね? もう1人の補佐の方は…まあ、今日から来られますけど」
「あんな補佐なんてね、名前だけですよ。用はマネやサブマネのおもちゃ、スカート履いてちらちら走ってるだけ。上は何を考えてるのか知りませんけど、大体補佐と色々兼用してるってことは補佐なんて必要ないも同然です」
「まあ、昔はなかったみたいですけど……」
「優秀だったらそっちをサブマネにするでしょ!? 補佐ったって適当にコピー取らせて、商談だだと2人で出て行って時間つぶして帰ってきてるんですよ。どうせ。だからあの枠は入れ替わりが激しいはずですよ。今に見ていてください。碌なもんじゃない」
「……はあ……」
「今日食品に来たってすることないってはっきり言っとかないといけない。チーフの手伝いに来るくらいならいない方がマシですよ。
私はここがオープンした時からいます。食品は初めてでですが、日用品は長いです。他店ではサブマネもしていました。なのになんであんなのをよこすのか……まあ、暇なんでしょうよ」
「……まあ、僕もチーフでありながら何も分からないわけですし、1人でも人数が多い方が助かると思いますが」
「まあ、邪魔にならなけりゃそれでいいですよ」
戻った香月がすぐにドアを開けた。
「おはようございます、山瀬さんもいらっしゃってます」
おずおずと入っていく。笑顔で挨拶をしようと思ったが、
「最初に言っとく。あんたが来たってすることないんだ。とにかく、みんなの邪魔をしないように仕事をすればいい、することがあれば、だが」
「……」
固まって、声が出なかった。
「まあまあ、あ、僕はチーフの木岡です。こちらは、赤坂さん。僕は他社からきたばかりだし、赤坂さんは日用品は長いですが、食品には来たばかりだし、香月さんもサブチーフになりたてでしかも、入社して間がないので、いてくれると大変助かります」
「いつまでここと言われているんですか?」
赤坂はじろりと睨んで聞いた。
「えっと……ここが落ち着くまで、と須藤マネージャーからは」
「あー、もうそしたら今日限りで大丈夫です。もう既に落ち着いてますから。木岡さんは初めてだだとしても、香月さんは入社してしばらく経っているし。気にすることはありませんよ」
「いえ、僕はまだ落ち着いてはいません。その判断は僕がします」
「……」
言葉を失って俯いているしかなかった。
香月の気配も感じるが、さすがに言葉が出ないようだ。
「山瀬サブマネージャー補佐官は、そもそもはサブマネージャーの補佐が仕事です。これだけの規模の大きさのサブマネージャー5人の補佐というのは仕事量は半端ないと思います。その中で食品にも気を配っていただけるのなら、ありがたい。時間がない時は電話やメールでも構いませんので、フォローいただけたらと思います。結構連絡することがあるかもしれないので」
最後の少し笑った木岡の声に救われた。
「はい……」
「ところで、秘書業務とやらで北海道へ行く話を耳にしましたが」
赤坂が切り込んでくる。
「……来週は北海道の新店視察会があり、それに同行します」
「ほお、お忙しいようで。サブマネならず、マネの方までとは。さぞ具合がよろしいんでしょうな」
「赤坂さん、おっしゃりたい意味が分かりませんよ」
木岡が厳しく制してくれたが、涙が溢れてすぐに落ちた。
「……」
ただ一生懸命言葉を出す。
「精一杯やりますので、よろしくお願いします」
きちんと頭を下げた、なのに。
「結構」
「赤坂さん、いい大人に言いたくはありませんが、目上の方に対する態度ではありませんよ。年齢は山瀬さんの方が倍ほど下でしょうが、彼女はあなたの上司に当たります」
「だから何ですか。この会社の階級制度もそろそろ廃止の動きが出ています。そしたら、そんな上下関係などないも同然ですよ」
「いえ、どこでも上下関係は存在します。例え階級制度が廃止されたとしても、その言い方や態度は社会人がとるべきものではありませんよ」
木岡の声にほっとして顔を上げたのがまずかった。赤坂は顔が上がったこちらを見つけるとすすぐに、
「我々はあなたにお相手していただかなくても、十分であります」
そしてそのまま出て行く。こんなところで泣いたら、みんなに迷惑がかかる。そう分かっていたのに、床はどんどん濡れていく。
ふと、腕時計の時間に気づいた。10時40分。今から会議の準備をしなければならない。
準備は主にできているが、先に行って待っていなければならない。
「……」
黙って振り向き、すぐにドアに手をかけた。
「山瀬補佐官、さっそくお願いしたいことがあるんですが」
声をかけてくれた木岡が慰めようとしてくれていることが分かる。たが、
「これからマネージャー会議がありますので」
私にはやらなければならないことがたくさんある。
何とか会議には参加したが、座っているだけだった。運よく何も聞かれなかったし、無言のまま終えることができた。
「解散」
を合図に全員出て行く。その後ろ姿を見て思った。一緒に仕事をしているとは思われていない。
「山瀬」
「はい」
須藤に呼ばれて我に返ったが、言われたのは北海道についての差しさわりのない話だった。
北海道に行くのは他店のマネージャーも一緒なので2人きりではない。だが、行くことで、嫌なイメージを避けることはできない。そう直感する。
サブマネージャー補佐に、チーフフォローに、秘書に……急に身体が重くなる。
須藤の後ろ姿が急に憎らしくなった。
あれも、これも、それも、どれも中途半端になることは自分でも感じている。分かっている。
「そういや来週は北海道だったな」
気にした棟方が話しかけてくれる。
「…そうです…。お土産、何買おっかな」
今はどうでも良い話に限る。
「店には買ってくんなよ。お前、今敵多いんだから」
「……」
見上げた。
「赤坂には会ったか?」
「さっき……」
「あの人もだいぶ年とったからな。口開くと碌なこと言わねえ」
「すっごい言われましたよ、嫌なこと! サブマネージャーやマネージャーの相手してるんだろって。商談の時は2人で暇つぶしてるだけとか、食品には来なくていいとか…北海道ではマネージャーの相手するんだろって……。
だから……北海道……行きたくないですけど……」
「行きたくなければ、来なくていい」
須藤の声に驚いて振り返った。
「………」
次いで、棟方の顔を見た。棟方の位置からは須藤が見えていたはずだ。止めてくれたらよかったのに……。
だが、棟方は須藤の姿を見、溜息をつくと、
「北海道には行け。赤坂のおっさんは自分がどんどん位を落とされてひがんでるんだよ。お前がちゃんと仕事してるってことは、ここの皆が知ってるから。下の奴らが知らないのは、お前と関わりがないからだ。でも、関わる必要はない。いいんだよ、それで。上に評価されてるのが正しいんだから」
それは違うような気がしたが、今は黙っておく。
「いいな? 白い恋人買って来い」