義兄(あに)と悪魔と私
 
それから、一週間ほどが過ぎた。

比呂くんは約束通り、母の秘密を守ってくれているようだった。
有坂さんも母も、家では新婚の仲睦まじい夫婦にしか見えなかった。
私が目にした光景は、全て幻だったのではないかとさえ思えてくるほどに。

表面上は、不穏の影も形も見えない。
それが危ういバランスの上に成り立っているものであろうことには、あえて気づかないふりをした。
この平穏を噛み締めることで、自分の払った代償にも意味があったのだと思える。

「最近、顔色悪くない? 大丈夫?」

ある日の昼休み、教室で机を向かい合わせにしてお弁当を食べる麻実が不意に言った。

「え? そうかな……」

自分では努めて普段通り振る舞っているつもりだった。
家族にも何も言われなかったのに、麻実に気づかれたことに内心驚く。
 
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