義兄(あに)と悪魔と私
 
物心ついたころ、既に私は小さな安アパートで母と二人暮らしだった。

あの頃幼い私がいくら聞いても、母は「お父さんはいない」の一点張りだった。
理由は決して教えてくれなかったが、今なら何となく想像がつく。
少なくとも、死別だとか、子供にも言えるような世間体の悪くない理由ではないのだろう。

それでも、母は懸命に私を育ててくれた。昼も夜も絶え間なく働き、私に不自由はさせなかった。

しかし一度だけ、母が過労で倒れてしまったことがある。
しばらく寝込んでしまった母は、掛け持ちしていた多くの仕事をクビになった。
体調も回復せず、新しい職を探すこともできず、僅かな蓄えをすり減らしていく日々。

そしてある日、とうとう強面の男がアパートに怒鳴り込んできた。
 
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