君影草~夜香花閑話~
 束の間長老は真砂を見つめ、やがて、ふ、と息をついた。

「そう……ですな。まぁ、母屋は屋敷の中心なだけに、人の出入りも多いですし。気配に人一倍敏感な頭領には、心休まることもないでしょうしな」

 呟くように言って、長老は視線を外に投げた。
 めっきり春めいた山々は、次第に息を吹き返し、鮮やかな新芽がほころび始めている。

「九度山も、同じように春めいておりましょうなぁ」

 真砂が、ちらりと長老を見た。

「深成が去って、早一年……。あの娘が里にいたのは、ほんのふた月、み月のことでしたに、何やら随分一緒にいたような気がします」

「……まぁ……いろいろ強烈な奴だったからな」

 初めて真砂が、深成について言及した。
 が、素っ気なく言っただけで、表情に動きはない。

「……元気にしておりますかいのぅ」

 目を細めて言う長老の言葉に、真砂は遠くに目をやった。

 深成が去ってすぐに、捨吉が真砂に言ったことがある。
 『頭領は、深成を好きじゃないんですか?』

 思い詰めたような目で言われたので、軽くあしらうことはしなかったが、真剣に答えようにも、何と答えていいのかわからなかった。
 『好き』ということがどういうことか、わからないのだ。
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