天才に恋をした
32-3
自分から言い出したことなのに、何を話したらいいか分からなくなった。
ふと見ると、苗が腕を掻いていた。
「掻くなよ。薬、そこにあるだろ」
苗は立ち上がって、テーブルの端にある遮光ビンに手を伸ばした。
薬って言っても、ラベンダーオイルだ。
午前中に行ったイングリッシュガーデンで、母ちゃんが買った。
―虫刺とかニキビにも効くし、お風呂に入れてもいいし―
っていうわけで。
ビンは苗の手先にぶつかり、下へ転げ落ちた。
俺はテーブルの下に潜り込むと、ビンを探した。
苗もかがんで、キョロキョロと見回した。
「あった」
同時に苗も見つけたらしい。
俺が手を伸ばすのと同時に、苗もそちらへ体を寄せた。
息が止まる。
俺の腕の中に、苗がいる。
苗が手にしようとしたビンを俺は素早くもぎ取った。
振り返った苗はその距離の近さに、はっと息を飲んだ。
「俺が怖い?」
苗は目を伏せて、首を横に振った。
変な状況だけど、テーブルの下は落ち着いた。
小さい頃、秘密基地とかジャングルとか言って遊んだっけ。
そっと苗を抱き寄せた。
「どうして、昨日出て行った?」