天才に恋をした

家に帰って、宮崎先生の遺品である、ひしゃげたメガネを二人でただ見つめた。


「試験の準備しよう」


もう三日しかない。

苗は力なく首を振った。


「できない……」

「親父さんの跡を継ぐんだろ」

「できない……できない…」


苗の頬を涙が伝った。


「なんでいつも私だけが生き残るの…」


苗の手を取った。


「苗…」

「できない…!できないよ!私には出来ない!!」

「苗!」


静かになった。

しゃくりあげる苗の手を取った。


「こっち見ろよ…俺を見ろ」


苗と視線が合った。


「目の前に居るのは誰だ?」

「まさきくん…」

「お前にとってどういう関係?」

「っっっ。か、か、家族」

「じゃあ生き残ったのは、お前だけじゃない」


苗の涙を拭いた。


「苗は何も心配しなくていい。準備したくないなら、それでもいい。だから一緒に行こう」

「む、むり…スカウトなんかこない…!」

「ばか。お前にこなくて、誰がくるんだよ」


苗を抱き上げてソファーに運び、膝の上に乗せた。


「もう他は充分見たろ。これからは俺だけ見ろよ」


軽くキスした。


「何のために結婚したと思ってんだ?」


もう一度、軽く。


「顔、赤らめて…」


もういっかい。


「ほら、問題だして」

「Leldīne – senejim latgaļu tautys sv…んんっ」

「聞き取れなかった。もう一回」

「svātkim …んーっ」

「発音がワルイ。舌の矯正が必要…」


苗がもがいた。

だけど弱々しい。


「夫に可愛がられる気分はどう?」

「あ、あたまが…働かなくなります」

「リーズ語で言って」

「Im Herbschd…」

「あ。俺、リーズ語知らない」

「んーーーーっっっ」
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