天才に恋をした
あ、春一だ。


会場を出てすぐに気がついた。



向こうもこちらを見た。

呆けた顔をしている。



無言で近付いた。



俺が目の前に来ても何も言わない。

俺だって、言いたくない。


二人で近くにあるベンチに腰かけた。



シュエが会場から出てきた。

やっぱり青白い顔をして、こちらへ向かってきた。

何にも聞いてないのに、言ってきた。



「『あなたの国が、日本に対して核兵器を使用したとき、あなたはどのような行動を取りますか』って」


「俺は言わないよ」

春一が鋭い声で答えた。


「言わない」



諮問された内容を言わない、と言いたいらしい。



シュエは構わず答えた。


「我が国は核保有国ではありますが、日本も核保有国である。日本は国中に原発を張り巡らせている。ブレーキの搭載されていないエコカーを何千億も払って買ってる。私は…!」


俺は立ち上がって、シュエの肩を叩いた。



「いい。もう無理すんな」


シュエが震えながら息を吐いた。




気づくと、苗が近くに立っていた。


「大丈夫だったか?」


苗も顔色が冴えなかった。


「苗は何て聞かれたの?」

シュエが言った。



「……三つの箱があって」


苗が呆然と話始めた。



「…一つには『悪を滅ぼす力』。二つ目は『怠惰を消し去る力』。三つ目は『命を甦らせる力』が入っています」



唾を飲んだ。

英雄の娘にも容赦ない。



「たった一つだけ開けるとしたら、どれを開けますかって…」

「なんて答えたの?」

シュエが間髪入れずに聞いた。


「二つ目を…」

「何故?」

「何故なら、生命も悪も休むことがあるが、惰性の休むことはない」

「答えとしては弱いね」





春一が立ち上がった。

「帰る」


俺も言った。


「帰ろう」



強い口調にも関わらず、シュエの足取りが一番重かった。



珍しく、苗から手を繋いできた。

その手をぎゅっと握り返した。
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